64年の歴史に“幕” 名門チームNECの休部
企業スポーツは生き残れるのか?

休部か、存続か―― 2カ月もの情報錯綜

2009年5月、バレーボールの名門チームNECが休部を発表した。企業スポーツは今、その在り方を模索している――
2009年5月、バレーボールの名門チームNECが休部を発表した。企業スポーツは今、その在り方を模索している――【Photo:築田純/アフロスポーツ】

 チーム名の書かれた大きなフラッグを高々と掲げ、16名の選手が体育館の出口に花道を作る。

「応援、ありがとうございました」

 帰途につく参加者に向かって選手が最後の言葉をかけると、こらえきれなくなったのか、女性ファンが顔をゆがめ、次々とその場に泣き崩れた。7月19日、先に休部を発表した男子バレーボールチーム、NECブルーロケッツのファン感謝祭が東京、府中市の体育館で開催された。約700人のファンが全国から集まり、消えゆくチームとの別れを惜しんだ。

 NECの黄金期を支え、日本代表としてバルセロナ五輪にも出場した大竹秀之は言う。

「休部の話を初めて聞いたときには、まさかという言葉しか出てきませんでした。今日、こうして最後のイベントが行われましたが、まだ実感がわきません。休部の発表は会社広報からの1通のリリースだけ。何かの大会をもって“これで終わり”という状況じゃなかっただけに、まだ続けられるような、そんな錯覚をしてしまうのかもしれません」


 第一報は4月上旬だった。複数の新聞社がNECの活動停止を伝える記事を掲載したが、NEC側が出したコメントは「検討中」という一言だけ。休部なのか、存続なのか、チームの行方が曖昧(あいまい)なままVリーグと黒鷲旗を戦った。

 ニュースが報道された直後から、インターネット上やVリーグの行われる会場で、存続を希望するファンによる署名活動が始まる。集まった署名は4000に及んだ。ただし、その間も企業側やチーム関係者が休部について、公の場で口を開くことはなかった。そして第一報が流れてから約2カ月後の5月31日、NECはやっと、自社とチームのホームページを通じて正式に休部を発表した。監督の竹内実は振り返る。

「会社から“休部するかもしれない”と聞かされたのが3月31日でした。ただし、それも“検討している”というわずかな情報しかなく、何をどう検討しているのかが全く分からない状態でした。チームの方向性がはっきりしない、自分たちが置かれている状況が分からない。何もできなかったし、何も言えませんでした。あのとき署名活動をしてくれたファンのかたたちに対しては申し訳なかったという気持ちでいっぱいです」

最後のファン感謝イベント。壁には64年の歴史を彩った名場面が飾られた
最後のファン感謝イベント。壁には64年の歴史を彩った名場面が飾られた【市川忍】

 情報が錯綜(さくそう)している中、Vリーグ機構とNECの強化スポーツ担当責任者、人事担当責任者による話し合いが行われていた。スポーツ部にかける経費のうちの3分の1を削減したいというNEC側に対し、ラグビー、女子バレー部、男子バレー部の3つが、それぞれ努力をする形で何とか継続できないかとVリーグは嘆願した。しかし、NECの答えは変わらなかった。Vリーグ機構の梅北精幸理事は話し合いの内容をこう説明した。

「経営が苦しいのはどこも一緒ではないか、せめて全面撤退ではなく、新日鐵からクラブ化した堺ブレイザーズのように、クラブとして自立するまでの何年間か猶予をもらえませんかお願いしました。しかし経済状況が悪いから、トップリーグにいる実力がないからとおっしゃるばかり。NECさんのお答えは、残念ながら終始、変わりませんでした」

 NECブルーロケッツの部長、木村邦明は言う。

「確かに各スポーツ部3つが力を合わせて乗り切れれば……という思いはありました。ただそうなると3つ、すべてに十分な強化や補強をするのが難しくなる。企業としては、強化すべき部分には力を入れないと、スポーツ部を持っている意味がないと考えたのではないでしょうか」


 ここ3年間、入れ替え戦に回っていた男子バレー部にリストラの矛先が向いた。

市川忍

フリーランスライター/「Number」(文藝春秋)、「Sportiva」(集英社)などで執筆。プロ野球、男子バレーボールを中心に活動中。

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