聖地ヤンキー・スタジアムでの最後の大舞台

上田龍

少年の夢から始まったオールスター

大打者ベーブ・ルースはオールスターゲーム誕生のきっかけにもなっている 【写真は共同】

 来る7月15日(現地時間)、オールスターゲームがヤンキー・スタジアムで開催される。1923年に開場した世界で最も有名な野球場も、ご存じの通り今季がファイナルシーズンで、77年以来となる球宴の開催も最後となる。ヤンキー・スタジアムは “ルースの建てた家”(The House that Ruth built)の別名でも知られている。そして実は、79回目を迎えるMLBのオールスターゲームも、その起源にまつわるエピソードをたどってみると、また“ルースの建てた家”と呼ぶべき側面を持っているのである。

 33年、シカゴ万国博覧会が開催されることになっていたシカゴ市では、地元の有力新聞『シカゴ・トリビューン』もこの一大イベントに協力することになっており、同社のスポーツ面責任編集者アーチ・ウォードはそのアイデアに連日頭を悩ませていた。ある日、ウォードは編集局に寄せられた一通の投書に目を留める。差出人はシカゴ近郊に住む野球ファンの少年で、「カール・ハッベルが投げ、ベーブ・ルースが打つ、そんな試合を見てみたい」という彼の夢がつづられていた。ハッベルはナショナルリーグ所属のニューヨーク・ジャイアンツ(現サンフランシスコ)でこの年から5年連続20勝以上、通算253勝をマークした当時の代表的な左腕投手。しかし、現在のようにインターリーグ(両リーグ公式戦交流試合)などない時代、ハッベルがルースの所属するヤンキースと対戦できる機会はワールドシリーズしかなく、しかもジャイアンツとヤンキースの両雄は、23年を最後にシリーズでの直接対決が途絶えていた。

1回限りのエキシビションゲームが恒例に

 両リーグのスター選手を選抜してエキシビションゲームを開催するというアイデアを思いついたウォードは、さっそく球界首脳の説得に乗り出した。そして博覧会のイベントとして「今回限り」の開催との約束で、33年7月6日、シカゴのコミスキー・パークで第1回オールスターゲームが開催された。アメリカンリーグの監督はコニー・マック(アスレチックス)、ナ・リーグは前年にジャイアンツの監督を退いていたジョン・マグローがそれぞれ采配を振るい、試合はルースの記念すべき球宴初本塁打などで、ア・リーグが4−2で勝利した。しかし、ハッベルの登板は最終回の1イニングのみで、ルースとの直接対決は見られなかった。

 1回だけの約束だったこの試合だが、4年前に起こった世界恐慌以来、どの球団も深刻な観客動員に悩んでいた中で驚異的な観客動員を記録したことで、コミッショナーや球団オーナーたちは翌年以降もオールスターゲームの開催を決めた。

 第2回球宴は、翌年7月10日、ジャイアンツの本拠地だったニューヨークのポロ・グラウンズで開催され、ハッベルはナ・リーグの先発投手として満を持してマウンドに立った。そして1回表、ついに球宴のアイデアを生み出した少年の夢の対決が実現する。ルースとハッベルの対決である。打者の手元に近づくと、文字通りスクリューのように激しく回転して曲がり落ちるハッベルの決め球に、ルースはなす術もなく三振に倒れた。だが、ハッベルのワンマンショーはこれで終わりではなかった。この回から2回表にかけて後に全員が野球殿堂入りを果たした5人の打者を連続三振に切って取る、破天荒な記録を打ち立てたのだ。

オールスターチームに好投した日本人投手

 このハッベルの伝説的快投と同じ34年の秋、ルースらを中心とするア・リーグオールスターチームが、第2回日米野球のため日本を訪れている。結果は当時の日米野球界の実力差をそのまま反映し、全米チームの15戦全勝だったが、そんな中で先発マウンドに立った沢村栄治は、シリーズ全体で48本のホームランを放った全米チームから9三振を奪い、0−1で惜敗という快投を演じている。この沢村のピッチングは同行していたアメリカのメディアによって本国にも伝えられた。沢村は翌年に行なわれた東京巨人軍の第1回北米大陸遠征でもしばしば快投を披露し、メジャー球団からの誘いを受けている。

 95年に野茂英雄(当時ドジャース)が日本人選手初のMLB球宴先発登板を果たし、昨年はイチロー(マリナーズ)が史上初のランニング本塁打を放ってMVPに選ばれたが、近年のこうした日本人選手の大活躍を見ると、沢村栄治があと半世紀以上遅く生まれていればの思いを抱かずにはいられない。

<了>
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著者プロフィール

ベースボール・コントリビューター(野球記者・野球史研究者)。出版社勤務を経て1998年からフリーのライターに。2004年からスカイパーフェクTV!MLB中継の日本語コメンテーターを務めた。著書に『戦火に消えた幻のエース 巨人軍・広瀬習一の生涯』など。新刊『MLB強打者の系譜「1・2・3」──T・ウィリアムズもイチローも松井秀喜も仲間入りしていないリストの中身とは?(仮題)』今夏刊行予定。野球文化學會幹事、野球体育博物館個人維持会員

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