ゲイ、驚異的な学習能力が生んだ9秒68=陸上・全米選手権<3日目>

及川彩子

陸上の全米選手権3日目、男子100m決勝で世界最速の9秒68で優勝したタイソン・ゲイ 【Getty Images/AFLO】

 陸上の全米選手権3日目は、男子100m、男女400mハードル、男子棒高跳び、男子幅跳び、男子円盤投げ、女子三段跳びの7種目で決勝が行われた。
 男子100mでは、前日の2次予選で9秒77(+1.6m)のアメリカ記録を樹立したタイソン・ゲイが、追い風4.1mの参考記録ながら9秒68で優勝し、全米3連覇を成し遂げた。2位には9秒80で昨年3位のウォルター・ディックスが、大阪・世界陸上の4×100mリレー金メダルメンバーのダービス・パットンが9秒84で3位に入った。
 男子400mハードルは、ヘルシンキ世界陸上の金メダリスト、バーション・ジャクソンが48秒17で優勝。大阪・世界陸上金メダリストのカロン・クレメントは後半失速し、48秒36で2位だった。女子400mハードルは、ジャクソンの従姉弟のティファニー・ロス・ウィリアムスが全米連覇を果たした。
 男子棒高跳びは、41歳のジェフ・ハートウィグが3回目に5m70を成功させ2位となり、アトランタ五輪以来、3大会ぶりの代表入りを果たした。

ゲイ、世界最速の9秒68をマーク

 人間はどこまで速く走れるのか。
 男子100m決勝で、タイソン・ゲイは追い風参考ながら、世界最速を記録したが、まだまだ記録向上は可能、そんな期待が持てるレースとなった。
 ゲイを昨春から指導するジョン・ドゥルムンドは、「完ぺきなレースなんてありえないよ」とレース後に語った。しかし、完ぺきに近いコンディションで、100パーセントに近い走りをすれば、ドゥルムンドがいつも口にする9秒60もいつかは……、そう感じられるレースを見せてくれた。

 決勝は、スタートでほかの選手にやや遅れをとった。だが、数歩でほかの選手たちに並ぶと、40m付近でトップに立ち、あとは気持ちよくゴールまで疾走した。
 ゴール後、2位に入ったディックスをもみくちゃにして喜びを分かち合ったゲイ。
「9秒68はうれしい。風にはがっかりしていないよ。だって、スターティングブロックについた時点で風を感じていたからね。2m以上かどうかは、長く陸上をやっていれば分かるから」と冷静に応えた。
 昨年まで完全に格下だったウサイン・ボルト(ジャマイカ)に敗れ、1週間ほど悔しがったというが、屈辱の敗北が今回の好記録につながった。
「(今年5月の)リーボックGPは、まだウエイト練習をしたり、と、まだピークには程遠い状態だった」
 その言葉にうそや偽りはなかった。
 ビデオでレースをチェックしてライバルとの違いを研究し、欠点を修正した。その学習能力と成長速度は、われわれの予想を大きく上回っていた。さらに、練習したことをここ一番のレースで実践できるところも評価に値する。スタート技術の違いは昨年のレースや今年のリーボックGPと、今回の全米のレースを見れば、明らかだ。
 ドゥルムンドが「リーボックGPと何が違うって?5月のタイソンと6月のタイソンさ」とちゃかしたが、全く別人と言ってもいいほどだった。

 また、ゲイのスタートに対する意識も変わっていた。
 去年は、「スタートが苦手」、「僕はスタートがベストな選手じゃない」、「スタート練習に時間を割いているので、長い目で見て下さい」などという言葉がよく口をついて出た。「今日もスタートが遅れたね」と尋ねられると、少しムッとした表情もすることさえあった。だが、今回のレースでは、報道陣がそんな質問をすることなどもちろんなく、皆、ゲイの成長に驚いていた。
 2位に入ったディックスが、「(追い風参考記録だったけど)9秒80で走れた意味は大きい。9秒8台がどんな感触か分かったから」と話したが、それはゲイも同じだろう。 2次予選で自身初となる9秒7台を肌で感じ、今日は9秒6台を経験した。そのスピード感は言葉では表現できない、アスリートにしか分からない感覚だろう。

「世界で一番タフなオリンピック選考会」と誰もが口にする全米陸上。3位以内なら天国、4位以下なら地獄と言う状態の中、ゲイは、いとも簡単に勝利を収めた。アメリカ記録と非公認の世界最速記録というおまけつきで。
 世界陸上やオリンピックのメダリストたちも極度の緊張からか、早々に姿を消したり、本来の力を発揮できないでいる。「緊張しすぎて訳が分からなくなった」というトップ選手もいる中、笑顔で、ほかの競技に目をやる余裕さえ持ちながらスタートラインに向かったゲイは異色の存在でさえあった。
 技術面、そして精神面でも絶好調にあるゲイ。北京での走りが楽しみ、というよりも、脅威でさえある。

<了>
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著者プロフィール

米国、ニューヨーク在住スポーツライター。五輪スポーツを中心に取材活動を行っている。(Twitter: @AyakoOikawa)

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