100分の1秒を追い求めて 競泳用水着の開発と変遷
より速く泳ぐための3つの要素
競泳用水着のテクノロジーの変遷について語ってくれたのは、株式会社デサントのマーケティング部課長で、水着ブランド「arena(アリーナ)」の開発に携わる坪内敬治氏だ。
「1つ目は、選手にとって運動がしやすいこと。2つ目は、生地の表面抵抗の低減化。3つ目は、水中での流水抵抗の低減化です。この3つのバランスをいかに効率良く実現するかということに、競泳用水着のメーカー各社は注力しているのです」
運動のしやすさを追求していけば、いわゆるビキニタイプ、ハイレグで背開きの大きな水着に行きつく。水着の束縛から解放されることで、選手は自由に筋肉を動かすことができるからだ。これが、1970年代に起こったムーブメントだった。
21世紀を前に、テクノロジーは素材そのものの進化とともに、表面抵抗の低減化競争に突入する。素材の改良や表面加工によって、生身の肌よりも水着の生地の方が表面抵抗が少なくなったため、水着は一気に肌面を覆うタイプへと変わったのだ。ロングスパッツやフルスーツスタイルの水着の登場である。
しかし、全身を覆うタイプの水着の場合、ハダカに近いタイプの水着と比較すると、どうしても窮屈で運動のしやすさという点では劣る。全身は覆いながらも、同時に運動はしやすいという機能性を兼ね備えた水着の開発に心血を注ぐようになるのだ。
水中抵抗を減らすために
そんな中、アテネ五輪以降の競泳用水着のテクノロジーは、どのように進化してきているのだろう。坪内氏は言う。
「選手が本当に求める水着とは、どのようなものか。まずは、基本コンセプトから見直しました。そこで浮上してきたのが、“水中抵抗を減らす水着”ということでした」
水中抵抗は、空気抵抗の約20倍に及ぶ。その抵抗を水着で低減化することができれば、選手はより速く楽に泳げるはずだ、と。
「水中抵抗を減らすためには、水中での抵抗を受ける面積・体積をできるだけ小さくすればいい。コンパクトで細くまっすぐな姿勢を保持したまま泳ぐことができれば、より抵抗が少なくなるはずです。まずは、全く新しい素材の開発から着手しました」
従来、水着の素材は表面抵抗を減らすためツルツルとした肌触りだった。
「目指したのは、“ズレない”生地の開発でした」
裏地部分、つまり肌に直接触れる部分に高いグリップ性をもたせ、強い伸縮性をもつハイパワー素材であること。選手が着用すると、まるで吸い付くように水着が筋肉をホールドしてギュッと締めつけた状態になり、水中での筋肉のブレを抑え、泳いでいる時にスピードロスにつながる余分な生地のズレやシワなどが生じないのである。
全く新しい水着の誕生
アテネ五輪から2年、コンセプトワークが固まった。あとは、その理念をどう、形にするか。水中抵抗が一番少ない姿勢は、しっかりと全身を伸ばした、いわゆる蹴伸び姿勢と言われている。この姿勢を保つために使われているのが、体幹筋だ。レースの間じゅう、水着が体幹全体をしっかりとサポートすることで、選手のポテンシャルはさらに向上するはずだ。開発スタッフは、新たな素材の開発とともに、姿勢保持のためにカラダの筋肉構造からレイアウトを考慮した型紙を起こしていった。
こうして、生まれたのが、アリーナの“シン・レボリューション”である。
従来比1.9倍という摩擦力によって肌にピタリと密着し、高いグリップ性、ストレッチ性で全身の筋肉をホールドする最新素材“ラッスル”を採用。水中で体幹部を効果的にホールドするため、体幹の筋肉分布に基づいた“アナトミック・パターン”を搭載した、全く新しい水着が誕生したのだ。