鹿島の躍進を「この次」につなげるために FIFAクラブW杯ジャパン2016を総括する

宇都宮徹壱

夢を見ているわけでもゲームの話をしているわけでもない

鹿島は決勝の舞台で6万8742人もの日産スタジアムの観客、そして世界を驚かせた 【Getty Images】

 前半9分、植田直通のクリアボールを、ルカ・モドリッチが拾ってシュート。いったんはGK曽ヶ端準がはじくも、カリム・ベンゼマがきっちりと詰めた。レアル・マドリー先制! 次の瞬間、このまま大量失点を食らうことも覚悟した。しかし、開催国代表の鹿島アントラーズは、決して「弱者のサッカー」に閉じこもることはなかった。1対1の局面で堂々と渡り合い、あるいは集団で素早くボールホルダーを囲みながら、反撃の糸口を根気よく探ってゆく。そして迎えた前半44分、左サイドに展開した土居聖真が低いクロスを供給。これをニアで受けた柴崎岳のシュートは、ラファエル・バランにブロックされるも、すかさず左足でシュートを放って同点とした。

 夢を見ているわけではない。ゲームの話をしているわけでもない。FIFA(国際サッカー連盟)クラブワールドカップ(W杯)ジャパン2016の決勝の舞台で、欧州王者のレアルとJリーグチャンピオンの鹿島が互角に戦っているのだ。レアルの年間収入は、およそ710億円(2015−16シーズンの数値)。約43億円(15年シーズン)の鹿島の実に17倍である。ピッチに居並ぶのは、スペイン、ポルトガル、ブラジル、フランス、クロアチアなど7カ国の現役代表選手。対する鹿島のスタメンは、オール日本人。日本代表もいるにはいるが、先月の代表戦で出番があったのは永木亮太のみ。ホームで戦えること、そして休みが1日多いことを除けば、鹿島にアドバンテージはまったくないと思われた。

 ところがその後も鹿島は、6万8742人もの横浜国際総合競技場の観客を、そして世界を驚かせる。後半7分、セルヒオ・ラモスのクリアを拾った柴崎が、ダニエル・カルバハルとルーカス・バスケスを振り切って、再び左足でネットを揺らす。鹿島、逆転! しかし、そのリードはわずか8分しか続かなかった。レアルは後半15分、クリスティアーノ・ロナウドがPKを決めて同点に追いつく。今年のバロンドーラーは、延長前半8分と14分にも連続ゴールを決めてハットトリックを達成し、スコアを4−2として試合を決定付けた。

 この日の鹿島は、2ゴールを挙げた柴崎のみならず、曽ヶ端が神がかったセーブを連発し、昌子源がクレバーな守備を随所に披露。また、遠藤康や途中出場のファブリシオが際どいシュートを放つなど、欧州王者に一歩も引けをとらない戦いを見せていた。しかし最後は、ロナウドの強烈な個の力に押し切られてしまった。かくして、レアル・マドリーの優勝で幕を閉じた今年のクラブW杯。何かと話題が多かった今大会について、3つのテーマから考察することにしたい。すなわち、(1)鹿島の躍進の要因、(2)ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)システムの是非、(3)今大会を日本サッカー界にどう還元すべきか、である。

鹿島の躍進を支えていた、選手たちの「学び」

厳しい戦いの中で、学びを重ねながら成長していく。単なる「勝負強さ」だけではない鹿島の強さを見た 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

「悔しいです。あのレアル・マドリーを苦しめることはできた。でも、本当にちょっとしたポジショニングやプレーの判断ミスで失点してしまったので、悔しい思いでいっぱいです。選手は立ち上がりから、勇気をもって120分戦ってくれた。プレーの中で、少しレフェリーが勇気を持てなかった場面がありましたが(苦笑)、そこも残念でした」

 試合後の会見での、鹿島の石井正忠監督のコメントである。「レフェリーが勇気を持てなかった場面」というのは、後半終了間際に金崎夢生をファウルで止めたセルヒオ・ラモスに対し、2枚目のイエローが提示されなかったシーン(主審は一瞬、カードを出す素振りは見せていた)。あの時点でレアルのキャプテンが退場となっていたら、試合はどう転んでいたか分からない。この不可解な判定については、世界中で物議を醸すことになった。

 あらためて、今大会の鹿島の躍進について考えてみよう。率直に言えば、今大会の鹿島はかなり苦しむと予想していた。Jリーグチャンピオンシップ(CS)での優勝が決まってから、わずか5日でのクラブW杯出場。選手のコンディションとモチベーションの維持には、相当の困難を伴ったはずだ。加えて、国内最多18のタイトル数を誇る鹿島も、なぜかAFCチャンピオンズリーグ(ACL)では振るわず、「内弁慶」と揶揄(やゆ)されることもしばしば。仮に鹿島が早々に敗退すれば、大会そのものが盛り上がりを欠くだけでなく、「総合順位3位のチームが出るべきではなかった」という意見が蒸し返されていたことだろう。

 もっとも今大会の鹿島の躍進は、初戦のオークランド・シティ戦から決勝までの4試合だけでなく、先月23日のCS準決勝から始まっていたととらえるべきかもしれない。26日間に7試合。しかも、いずれも負けられない戦いである。そんなハードな連戦を、ドメスティックな戦力をベースに勝ち抜くことができたのは、なぜか。石井監督が掲げたキーワードは「学び」である。

「この大会の中で、今まで経験できないような相手に対処するということを選手は学んでくれました。今日の試合でも、それをしっかりとやってくれたと思います。この大会で選手全員が成長してくれたし、私自身もいろいろな勉強になりました」

 厳しい戦いの中での学びを重ねていきながら、チームとしても個々の選手としても日々成長してゆく。過酷な日程でありながら、鹿島はそれを理想的なサイクルに変えることに成功した。単なる「勝負強さ」だけではない、鹿島の強さを見る思いがする。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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