鹿島の躍進を「この次」につなげるために FIFAクラブW杯ジャパン2016を総括する

宇都宮徹壱

VAR発動によって「歴史的な試合」となったナシオナル戦

今大会でVARが発動された試合は2試合。今後FIFAはどのような判断を下すのだろうか 【写真:ロイター/アフロ】

 さて、今大会における鹿島躍進のターニングポイントとなったのが、アトレティコ・ナシオナルと対戦した準決勝であったことは、衆目の一致するところであろう。Jリーグチャンピオンが南米王者を相手に3−0で勝利したこの試合は、VARが史上初めて発動された試合でもあった。

 フィールドに主審のホイッスルが鳴り響いたのは、前半30分のこと。その2分前、鹿島のFKのチャンスに西大伍とオルランド・ベリオが交錯して共にペナルティーエリア内で倒れたシーンに、「PKの疑いあり」とVARが判断したのである。結果として鹿島にPKが与えられ、土居のゴールで鹿島が先制。その後も、遠藤(後半38分)、鈴木優磨(同40分)の連続ゴールで、見事なアップセットが実現した。

 次にVARが発動されたのは、もうひとつの準決勝、クラブ・アメリカ対レアル・マドリーにおいてであった。レアルの1点リードで迎えた後半アディショナルタイム、ロナウドのゴールにオフサイドの嫌疑がかけられた。前回と異なり、こちらは1分ほどで嫌疑が晴れ、2−0となったが、時間差でのゴール判定にスタンドはやや興ざめの反応だった。レアルのモドリッチは試合後、VARへの感想を聞かれて「あまり好ましいとは思わない。(導入によって)混乱を起こすのではないか」と否定的な見解を示している。

 主催者側はどう考えているのだろうか。FIFA(国際サッカー連盟)のジャンニ・インファンティーノ会長は「最も重要なことは、PKが与えられるべきだったところで与えられ、試合の流れが変わったことだ」と前向きな評価を示した。また、判定までに時間がかかったことについても「より短くすることは可能」としている。W杯出場国を40(あるいはそれ以上)に増やすことを公約に掲げている新会長のことだ。レフェリングに関しても、積極的に新しいシステムを導入したいと考えているのかもしれない。

 今大会、VARが発動されたのは上記した2回。そのうち1回目のジャッジは、見逃されていたファウルが2分後に裁かれたこと、結果としてアジアのクラブが大会史上初めて南米のクラブを打ち破ったこと、以上2点において極めて歴史的な出来事となった。もちろん、鹿島の勝利に異を唱えるつもりはない。しかしながら、もしもこのPKが認められなければ(すなわちVARが発動されなければ)、その後の試合展開はもっと違ったものになっていた可能性も十分にあり得たと思う。いずれにせよ、今回の2つの事例についてFIFAがどのような判断を下すのか、引き続き注視したい。

ただ「感動した!」「悔しい!」で終わらせるのではなく

再びこの舞台でJクラブが戦うためには、ACLを勝ち抜きアジア王者になる必要がある 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 レアルと鹿島の決勝に話を戻す。この試合で、個人的に興味深く感じられたのが、鹿島以外のJクラブサポーターのリアクションである。

 たとえばある知人男性は「自分はバルサファンなので、今日だけはスタンドで鹿島を応援する!」と宣言していた。実は彼は、年季の入ったジュビロ磐田のサポーター。鹿島と磐田といえば、90年代後半から2000年代初頭にかけてタイトル争いを演じてきた、まさに不倶戴天のライバル同士である。これには正直、驚いた。だが、それだけではない。SNS上では、試合中に鹿島以外のサポーターの大多数が、「白い巨人」に果敢に挑むJリーグ代表に心からの声援を送っていたのである。その中には、CSで鹿島に敗れている川崎フロンターレや浦和レッズのサポーターも含まれていた。

 今回のクラブW杯決勝は、図らずも鹿島アントラーズというフィルターを通して、Jリーグファンが一緒になってFIFAのタイトルマッチを楽しみ、と同時に、世界との距離感を共有する貴重な機会となった。また、そうした気運が違和感なく醸成される、Jリーグの素晴らしさを再確認することもできた。

 かくして、鹿島サポーターのみならずJリーグファン全体が一体感をもって楽しむことができた、今回のクラブW杯。しかし当面の間、私たちはこの大会を身近で観戦することができない。すでに17年と18年は、UAE(アラブ首長国連邦)で開催されることが決定。その後、大会スポンサーであるアリババ・グループ(阿里巴巴集団)の本社がある中国での開催が有力視されている。アリババとの契約は22年までとなっているが、国内サッカーの強化を国策としている習近平体制の意向に沿う形で、さらに契約が延長されるかもしれない。一方のFIFAにとっても、2年前にトヨタが大会スポンサーを降りて以降、日本開催にこだわり続ける理由はなくなった。こうした状況を考えると、今大会が「最後の日本開催」となる可能性は、十分にあり得る話だと思う。

 もしかしたらこれが最後となるかもしれない、日本でのクラブW杯。レアルと鹿島によるファイナルは、日本のサッカーファンにとってこれ以上にないくらい楽しく、美しい思い出となることだろう。しかし、ただ「感動した!」「悔しい!」で終わらせてよいのだろうか。むしろ今一度、われわれは冷静に考えてみるべきであろう。レアルを慌てさせたJリーグ王者が、「内弁慶」と呼ばれてしまう原因はどこにあるのか。鹿島のみならず、08年大会以降、Jリーグ勢がアジアチャンピオンの座から遠ざかっている理由は何なのか。

 それはクラブ単体の問題ではなく、Jリーグ全体で真摯(しんし)に向き合うべき問題である。日程の問題、レフェリングの問題、インテンシティーの問題。リーグとして見直すべき問題は、いくらでもあるはずだ。いずれにせよ次回大会以降、日本勢は「アジア」を獲らない限り、この舞台に再び立つことはかなわない。今回の鹿島の快挙が、JクラブがACLを制するための課題解決に取り組む契機となることを、切に望みたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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