チェアマンと考える2100億円の使い道 コンサル目線で考えるJリーグの真実(8)

宇都宮徹壱

村井満チェアマンとデロイト トーマツの里崎慎さん、福島和宏さんとの対談の後編。「世界とのギャップをいかに埋めていくか」について語っていただく 【宇都宮徹壱】

「Jリーグの現状を数字から読み解く」というコンセプトでスタートした当連載。前回に続いて、Jリーグからは村井満チェアマン、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社からは、スポーツビジネスグループの福島和宏さんと里崎慎さんによる対談の後編をお届けする。前回は、Jリーグと世界とのギャップを明らかにした『J.LEAGUE PUB Report 2016 Summer(以下、PUB REPORT)』について語っていただいた。後編となる今回は「世界とのギャップをいかに埋めていくか」について、Jリーグのトップとコンサル、それぞれのポジションから語っていただく。

 周知の通りJリーグは、7月に英パフォーム社との放映権に関する大型契約を結び、来季から10シーズンにわたり合計2100億円の放映権収入が得られることとなった。そこで誰もが気になるのが、この「2100億円の使い道」であろう。世界とのギャップを埋めるために、Jリーグでは「育成」と「財政基盤」という2つのベースを前提条件としている。果たしてチェアマンは、新たな原資をどこに、どのように投入しようと考えているのか。8回に及ぶ当連載も、今回が最終回。最後までお読みいただければ幸いである。(取材日:2016年8月30日)

高い傾斜配分とセーフティーネット

Jリーグは7月、パフォーム社と10年で2100億円という放映権料契約を結んだ 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

――日本が世界に伍していくためには、2つのベースになる育成と財務基盤、そして5つの重要戦略(魅力的なフットボール、スタジアムを核とした地域創生、経営人材の育成、デジタル技術の活用、国際戦略)というものが『PUB REPORT』には明記されています。先ごろ、パフォーム社との放映権料が10年で2100億円という具体的な金額が出てきました。今後、世界とのギャップを埋めるために、この2100億円が原資となり得るとチェアマンはお考えでしょうか?

村井 当然、なると思いますね。今回、5つの重要戦略を下支えするために中核的に前提として置いたのが、財務基盤と育成基盤を整えることです。その上に将来を描く戦略を据えることを考えていましたので、まずリーグの財政基盤をどうやって建て直すかが重要なポイントだと考えています。今回、パフォーム社との契約は10年という長期契約です。10年という時間をいただいていると理解していますので、その間に『PUB REPORT』で明らかになったギャップをどれだけ埋めていけるのかがカギになると思っております。

――10年後、あるいはそれ以降に向けて、未来に向けて投資していくというお考えだと思いますが、具体的にどのようなところに新たな資金を投下すべきとお考えですか?

村井 Jリーグは今、53のクラブがあって、J1、J2、J3それぞれ、経営的なステージや競技的なレベルの違いはもちろんあります。それでも、J1からJ3まである程度、クラブの財政基盤そのものを安定化させるために、ひとつ必要な投資というのがあると思っています。それはJリーグの財政基盤とは、また別の話です。

 それと、裾野を広げるための投資というのと、幹を高くしていくトップアップのための投資、両面あると思うんです。両方一度に投資できればいいのですが、限られた財源の中で言えば、まずは最低限の財政基盤を整える。その上で、経営努力に応じて、あるいは競技成績に応じて、より高みを狙ってリスクを取ってチャレンジしたクラブに、高い傾斜配分があるような形にしていきます。

 例えば、競技成績がACL(AFCチャンピオンズリーグ)に出場し得るレベルまでいったとします。(選手を)獲得したクラブには、そこでより(高い傾斜配分に)シフトしていく。これまでのような、いわゆる護送船団的、均一的なオペレーションよりも、努力したところに傾斜して配分されていくということですね。

 一方で、非常に傾斜をきつくしていくということは、リスクを伴うことでもありますので、ある種のセーフティーネットに対しての投資も必要だと考えています。例えば、勝負して戦ったものの結果が出なくて、悪循環に入って降格する、ということが仮にあったとします。そこで降格した年度に関して、財政的な補填があれば、逆にもっと積極的に勝負していくチャレンジが喚起されやすくなります。アグレッシブな運営にするためにも、セーフティーネットは必要なのかもしれないと考えております。

福島 基盤を作るという部分と幹を高くしていくという部分、これは選択する勇気もあると思います。幹を高くするというのは、海外では当然やっていることですが、そのリスクをとれるかどうかというところですよね。

各クラブがチャレンジしやすい仕組みづくりを

「チャレンジした結果が報われる仕組みと、報われなかった場合のセーフティーネットは、ある程度は整備していかないといけない」とチェアマンは語る 【宇都宮徹壱】

――2100億円という放映権収入は確かに魅力的ではありますが、この莫大な原資をどこにどう投入するかというのは、非常に悩ましいところではありますね。

村井 スポーツというのは、投資の難易度が高い業態の1つです。通常、一定の投資を判断するときには、この投資がどういう収益やリターンを生むのかの蓋然(がいぜん)性をシミュレーションしますよね。投資の蓋然性が、ある程度は保障されている市場の中では成り立つんでしょうけど、サッカーは違います。

 例えば数億円かけて選手を獲ったとして、その選手は生身の人間であり、けがをするリスクもありますし、例えば奥さんがちょっと日本になじめなくなって帰国してしまうと、とたんに選手もパフォーマンスに影響することもあるかもしれません。そういった投資のリスクというものが、非常に高いわけです。でも、そういう市場だからこそ、経営者は投資マインドをもってチャレンジしていく。ただし、チャレンジした結果が報われる仕組みと、報われなかった場合のセーフティーネットは、ある程度は整備していかないと難しい市場なのかなと思っています。

里崎 おっしゃるとおりだと思いますね。そういったインセンティブとかセーフティーネットといったような仕組みは、やっぱりリーグがきちんと考えてうまい形で整備してあげると、通常の市場原理も手伝って、うまくワークするんだろうと思いますね。単純な掛け声や想いだけですと、分かっていても動けないというケースもけっこうあり得ます。Jリーグは決して出しゃばりすぎずに、必要なビジネスを拡大するためのインフラは整えるべきだと個人的には思います。

 分かりやすい例で言えば、クラブライセンス制度であり、Jリーグでも去年から本格的に始まったファイナンシャル・フェアプレー(FFP)もそうです。UEFA(欧州サッカー連盟)のFFPなんかを見ると、実は中身がちょっと違います。例えば、育成や設備に使われた費用が原因の赤字については基準に抵触しないこととされており、チャレンジを促す仕組みになっています。また一方で、パラシュート・ペイメントみたいな形で保障もしています。もちろん、日本に合わせた形でJリーグがFFPを導入したことは非常に大きな意味があったと思いますが、それこそ環境にあわせて内容を継続的に検証していくことは必要かと。

村井 (日本は)どうも物事を点で見てしまうケースがあって、「日本はこういう制度だけれど、海外はこうだ。それがいいのか悪いのか」という議論にいきがちなんです。でも、土台のところがそろい始めてきて、次は成長していくフェーズだったり、投資していくフェーズに来たら、投資に対してリターンが見合うように制度をチューニングしていく必要があると思っています。恒常的に有効な制度なんてあり得ませんので、常に環境に合わせて変えていく。そういう意味では、例えばスタジアム基準なども、今後はもっと強化されたものになるかもしれないですし、もっと柔軟なものでいいとも思っています。

里崎 村井さんがおっしゃっている「PDM(=ミス)CA」というのを、実はあちこちでパクらせていただいているんですが(笑)、あの精神はすごく重要だと思っています。ひとつやってみて成功した。すると、だいたいそこで守りに入るというパターンが多いんですが、それを維持することは目的ではないんだと。環境に合わせて次のチャレンジをしていく。Jリーグの方々は、そういうマインドが高い方が増えてきているという印象がありますので、そこがすごく期待が持てるところだと思っています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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