世界との差を明らかにする『PUB REPORT』 コンサル目線で考えるJリーグの真実(7)

宇都宮徹壱

「Jリーグの現状を数字から読み解く」連載もあと2回。ラストは村井満チェアマン(右)とデロイト トーマツの福島和宏さん(中央)、里崎慎さん(左)との対談をお届けする 【宇都宮徹壱】

「Jリーグの現状を数字から読み解く」というコンセプトでスタートした当連載。これまでさまざまなテーマを取り上げてきたが、早いもので今回を含めてラスト2回となった。そこで最後は少し趣向を変え、ビッグなゲストをお招きして「コンサル目線で考えるJリーグの真実」を2回にわたってお届けする。

 ビッグなゲストとはもちろん、Jリーグチェアマンの村井満氏。一方のデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社からは、当連載ですっかりおなじみとなった里崎慎さん、そして第1回以来の登場となるスポーツビジネスグループパートナーの福島和宏さんにも加わっていただいた。

 前編となる今回は、このほどJリーグから発表された『J.LEAGUE PUB Report 2016 Summer(以下、PUB REPORT)』を中心に語っていただいた。第2回となる『PUB REPORT』は発行に際し、デロイト トーマツのスポーツビジネスグループが作成を支援したもので、第1回は2015シーズンを総括したものが昨年12月に製作されている。

 ストライプ模様の表紙が印象的な第2回『PUB REPORT』のテーマは、ずばり「Jリーグと世界との距離」。チェアマンいわく「競技の側面でも、マーケティングの側面でも、スタジアムや環境面でも、いろんな観点から世界とのギャップがある」というJリーグの現状が、さまざまなデータから浮き彫りにされている。

 果たしてJリーグはなぜ、このタイミングで自分たちにとって“ネガティブ”な情報を開示することにしたのか。かねてより『PUB REPORT』の重要性を語っていた村井チェアマン、そしてその製作に尽力したデロイト トーマツのスポーツビジネスグループ双方の考えを、対話を通して探っていくことにしたい。(取材日:2016年8月30日)

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『PUB REPORT』が突きつけた世界とのギャップ

リオデジャネイロ五輪で日本はグループリーグ敗退に終わり、十分な成果が出せなかった 【Getty Images】

――今年、2期目の就任会見の際にチェアマンは「世界とのギャップを明らかにする」ということをおっしゃって、それが今回の『PUB REPORT』の内容にも反映されていました。まずはそのあたりからお話いただけますでしょうか。

村井 私がチェアマンに就任したのは、グループリーグ敗退に終わった14年のワールドカップ(W杯)ブラジル大会の前。Jリーグとして今後、どうやって(日本サッカーを)立て直していくかというのが、就任以来のテーマでした。その後、「Foot PASS」(編集部註:育成組織を世界基準で客観評価するメソッド。15年度はJ1の7クラブで評価を実施。16年度中にJ1・J2全40クラブが終了予定)を導入したり、U−23をJ3に参戦させる大会方式の変更があったり、育成改革に着手していたところにリオデジャネイロ五輪が開催されたりしたわけですが、グループリーグ敗退に伴い、ますます育成強化の必要性を痛感しました。

――そこで「この世界との差というものは、いったいどれくらいあって、何に起因するものなのか」ということを自問自答しながら帰国されたそうですが、まさにそのタイミングで、第2回の『PUB REPORT』が完成したということですね。次は来年のシーズン終了後だと思っていたのですが。

村井 最初の『PUB REPORT』は、2ステージ制とチャンピオンシップを終えた15年の年末に、Jリーグの総括として急いで完成させました。でも、スタッフを中心に「夏にも出そう」という自主的な動きがあって、それがちょうど今シーズンの1stステージ終了の総括と五輪の結果がまさに重なった。結果として、世界との差をさまざまな角度から徹底的に分析したものになりました。それは、例えばショートパスのスピードの差が今年のチャンピオンズリーグを制したレアル・マドリーとJリーグでどれだけ違うのかという競技面だけでなく、経営面でも、施設面でも、さまざま分野で「世界との差」というものを突きつけられましたね。

――デロイト トーマツさんに質問なんですが、Jリーグから年2回『PUB REPORT』を出したいと聞いた時のリアクションはどのようなものだったのでしょうか?

里崎 「ホントですか?」というのは確かにありました。ただ1回目の時もそうだったんですけれども、透明性やタイムリーな情報開示というところに対して、Jリーグが非常に感度高く対応しようとする姿勢は、われわれスポーツビジネスグループとしても間違いなく追い風でした。スポーツビジネスマーケットを広げていく上で欠くことのできないピースでしたので、絶対にサポートしなければという思いがありました。メンバーは相当大変な思いをしていましたが、その分、得られたものは大きかったと思います。

――透明性や情報開示ということでいえば、先日行われたメディアブリーフィングで、『PUB REPORT』についてチェアマンが「Jリーグに都合が悪いことがたくさん書かれています」とおっしゃっていたことが印象的でした。

村井 常日ごろ、リーグのメンバーに言っているのは、「魚と組織は天日にさらすと日持ちがよくなる」ということ。「この情報は都合が悪いから、ここだけにしておこう」という組織はたいていダメになる。Jリーグでは「オープン&フェアネス」というのをインナーマネジメントの約束事にしています。何か不都合な事実があっても、それは開示して、みんなで議論していこうと。その延長線上に、今回の『PUB REPORT』がありました。とはいえ、ここまで世界とのギャップを開示するのには、やはり勇気がいりましたね(笑)。

『PUB REPORT』がもたらした副産物

『PUB REPORT』の製作を通じて、Jリーグの各部署の垣根が取り払われるという副産物もあったという 【宇都宮徹壱】

――今回の『PUB REPORT』について、デロイト トーマツさんでは、どんな考えがあったのでしょうか?

里崎 実は第1回の『PUB REPORT』が出来上がった後、「このままでいいのか」という話は実務レベルで始まっていたんです。われわれとしては、チェアマンが実現したいと考えている方向性と、実際に現場で起きていることを、うまくタイムリーに出すことをチームとして目指そうという認識でした。2回目の『PUB REPORT』では、多くのJリーグの関係者の方々に関与していただけたので、よりJリーグの意思が反映された内容になったと思います。

福島 こういう情報開示というのは、ヨーロッパや米国ではかなり進んでいます。日本でも、そのレベルをどんどん上げていきたいですね。デロイトも英プレミアリーグや独ブンデスリーガを対象とした、『Football Finance』や『Football Money League』など、いろいろな開示を行っていますので、それらをフィードバックさせていただきながら、今後もお手伝いさせていただきたいと思っています。

――ちなみに今回の『PUB REPORT』の作業期間はどのくらいだったのでしょうか?

里崎 実働は1カ月くらいじゃないですかね。それまでに構想を練っていましたが、直近の1カ月で一気に仕上げたという感じです。

村井 実は今回、世界とのギャップを明らかにするために、国際部がハブになって、競技運営や強化アカデミー、経営人材育成、さらにはスタジアムやマーケティングの情報を集めてもらったんです。Jリーグがこの『PUB REPORT』を作るために、組織ファンクションの間を取っぱらってコミュニケーションがすごくよくなったことが、見ていて分かりましたね。確かに『PUB REPORT』の内容には危機感を覚えましたが、この短期間で少しずつ社内の壁がシームレスになっていったことには期待を感じています。

――なるほど。Jリーグは組織として大きくなって、各部署に垣根のようなものができつつあるという話は私も聞いていました。それが『PUB REPORT』の副産物として危機感を共有し、垣根が取っぱらわれるきっかけになったということですね?

村井 私はそう感じますけれど、どうでしょう?

里崎 私もJリーグのいろいろな方とお仕事をさせていただいて、日々、皆さんの意識が変わっている印象は確かに受けます。非常にいい方向にいっていると思います。それと『PUB REPORT』は1回目からそうなんですけれど、Jリーグの外部に対しても垣根を取っていこうという意思のもとに製作されています。「Jリーグって、こんなにすごいんですよ」という話よりも、むしろ「今はこうなんですけど、皆さんどう思いますか?」という投げ掛けをしているという意味で、非常に大きな意味のあるタッチポイントだと私は見ています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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