チェアマンと考える2100億円の使い道 コンサル目線で考えるJリーグの真実(8)

宇都宮徹壱

2030年に日本が「ベスト4」となるために

2014年W杯決勝でドイツを優勝に導くゴールを挙げたゲッツェ(19)は当時、22歳だった 【写真:アフロ】

――財務基盤と並んで、もうひとつのベースとなる育成についても、投資対象として考えていらっしゃいますでしょうか?

村井 そうです。すでにJFA(日本サッカー協会)とJリーグで協働して、育成に対して年間5億円くらい投資をしています。まず「Foot PASS」という、育成を外部の目で「見える化」して、400項目からなるチェックポイントを海外と同じ視点で評価しています。それから、この『PUB REPORT』の中にも出てきますけれども、メキシコは9歳から18歳くらいまでの10年間で、国際試合を100試合くらい義務付けている。

 要は、日本は各年代の代表までいって初めて海外に行くけれども、10代でどれだけ海外との試合ができるか。(世界トップレベルのクラブとパススピードの)1秒の差が広まってしまうのも、9歳くらいから22歳くらいまでの間の集積の結果だと思います。ポジション取りもそうですし、トラップの技術もそう。さまざまな要素が複合的に、10年かけて1秒まで広がっていく。世界との差を若いうちに体得することによって、もっと早くそれを埋めることが可能になるかもしれませんよね。ですから(育成年代が)国際試合をどれだけ行えるかというところにも投資をしていきます。

――となると、育成分野も投資対象になり得ると。

村井 今回の増収分が、育成などに回されていくことも十分にあると思います。クラブによって、投資の回し先はさまざまだと思います。海外から優秀な指導者を招へいするのか、アカデミー世代専用のクラブハウスや育成環境を整備するのか、一口で育成といってもアプローチはさまざまですよね。その選択オプションは、各クラブの判断に委ねることになるかと思います。育成に関しても、よりよい結果が出れば傾斜配分を増やして選択の幅がさらに広がっていく、ということも考えられると思います。

――育成の行き着くところは、JFAが中間目標として設定している「2030年までにW杯でベスト4」だと思います。その中でJリーグが果たすべき役割については、どうお考えでしょうか?

村井 今が16年で、30年までに14年しかありません。くしくもドイツ代表がどん底の時代にあった00年に8歳だった(マリオ・)ゲッツェ選手が、14年後にブラジルで開催されたワールドカップ決勝で、祖国を優勝に導くゴールを挙げました。ドイツの14年間に及ぶ育成改革の集積として、あの大舞台での決勝ゴールがあったわけです。それでは、今は8歳の日本の子どもたちが、22歳になる30年までの14年後までに、どんな育成を施すべきなのか。ですからこれは、14年先の話ではなくて、まさに「今、何を始めるべきか」という話なんですよね。

――14年というスパンでの目標設定というのは、普通のビジネスでもなかなか難しいところがあるんですが、コンサルティング視点ではどうでしょうか?

里崎 30年までの精緻な数値計画を作るということは、通常はやらない作業ですよね。ただ、10年とか20年先にどういうビジョンを描いているかというのを逆算したときに、いつまでに何をやらなければならないかというベンチマークというものは、われわれの業界ではよくあるやり方ではあります。

福島 われわれの強みは財務的なナレッジ、それとドイツや英国といった世界との差というものを、いかに日本に還元できるかというところですね。そういった部分で、いかにインプットを増やして現場に還元し、いかにオペレーションに生かせるようにできるか、というところが、われわれが貢献できるところでしょうね。

「バックオフィス業務のシェアードサービス」という考え方

「Jリーグや日本サッカー界に何かしら貢献できれば」と里崎さん(左) 【宇都宮徹壱】

――逆にチェアマンからデロイト トーマツさんに期待する部分は、具体的にどのようなところでしょうか?

村井 いろいろありますよ。デロイト トーマツさんはプレミアリーグのクラブをつぶさに分析している一方で、FC今治の経営指導をなさっているように、私どものブラインドサイドのところを幅広くカバーされている。例えば、クラブが育成や運営といったフットボールに集中できるように、経理や法務やITといったバックオフィスの業務などをシェアードサービスで提供したほうがよいのではないか、というご提案を先日いただきました。われわれもまさに、それぞれのクラブが重複して投資するより、こちらで一括して経理やITのサービスを用意できないかと考えていたんですよ。そういうバックオフィス系のシェアードサービスなんかは、デロイト トーマツさんが得意とするところでしょうし、53クラブ分をまとめて担当いただけばスケールメリットも出ますよね。クラブ側も、サッカー以外の専門家を確保するのは難しいでしょうから、デロイト トーマツさんにご協力いただきながら、リーグがその役割を代わりに担うということですね。

――それは面白いですね。シェアの考え方について、具体的に進んでいる話もあるんでしょうか?

村井 実は今回、各クラブが個別でやっていたホームページの共通プラットフォームというものを、われわれで作ったんですよ。Jリーグが豊富に持っている動画や写真などの素材を、クラブがすぐに利用できるといった機能も開発中です。表側は色やデザインのラインナップもいろいろですけど、裏側は統一したフォーマットになっていて、クラブ側は入稿作業を軽減できる。Jリーグは写真や映像のデータを豊富に管理しており、公式記録も管理していますので、ヒューマンエラーで入力ミスをすることなく用いることができる。今後はさらに、チケットやグッズなどのeコマースの導入など、生産性の向上に向けてさらに発展させていく予定です。

――実はこの連載も今回が最終回なのですが、里崎さん、最後に「これだけは言っておきたい」ということがあれば、お願いします。

里崎 われわれの強みは「見える化」だけではなく、「仕組みづくり」というところでも貢献できると考えています。育成にしろ、財政基盤にしろ、原資の集め方についてもITを使ったスキームというものは、われわれのほうが情報を持っていますし、ヨーロッパや米国の最新の事例といったものもすぐに入手できます。そういったところで、われわれもJリーグや日本サッカー界に何かしら貢献できればと思っています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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