黒子の役割を全うする小林祐希 評価は上々もトップ下定着に意欲を燃やす

中田徹

小林に期待するサポーターの声

小林のオランダデビュー戦となったトゥエンテ戦。試合前から小林に対するサポーターの期待は大きかった 【Getty Images】

 今年のオランダは夏を終えてからむしろ暖かくなり、9月のナイトゲームでも半袖で快適に観戦できるほどだった。インターナショナルマッチウイークが明けた9月10日(現地時間)の夜もまた、スタジアムの中へ早く入るのがもったいないと感じるほどの素晴らしい天気だった。私はアベ・レンストラ・スタディオンのすぐ外にあるベンチに腰掛け、夜7時を過ぎても沈まぬ太陽の日のぬくもりを感じながら、ヘーレンフェーンサポーターの会話を楽しんでいた。第5節トゥエンテ戦を目前に、すでにスタメンは彼らの間に知れ渡っている。

「(サム・)ラーションが先発復帰だ。ヤパナー(日本人)のコバヤシが先発だ」

 それから彼らは「左ウイングを務めるラーションとストライカーの(レザ・)ゴーチャネジハドのコンビネーションは、トップに(ヘンク・)フェールマンを持ってくるよりいい。はて、コバヤシはその中でどんなプレーを見せてくれるんだろうか」と、サッカー談義に花を咲かせる。

 コバヤシとは8月半ばにジュビロ磐田を退団し、ヘーレンフェーンの一員となった小林祐希のことだ。8月末、チームの練習を見学した時は説明を聞いても1回で理解し切れず、手探りしながら練習メニューをこなしていた小林だったが、幸い彼はブロークンながら英語ができる。きっとこの2週間でチームメートとの連係を深めたに違いない。

「僕たちは本当にコバヤシに期待しているんだ」と語るサポーターの口から出た唾がかかりそうになる。これまで出場機会がなかったのに「バモス・ア・ラ・プラヤ、オーオーオーオー」というメロディーに合わせた小林のチャントは、サポーターの間の定番ソングとなっていた。

デビュー戦の前半で見せたプレーは好評価

 トゥエンテ戦がキックオフする。立ち上がりからハイプレッシングサッカーを展開したヘーレンフェーンが、一方的に敵陣で試合を進める前半となった。6分にはトゥエンテのMFカモヘロ・モコチョが仕掛けたドリブルを小林がしっかりプロフェッショナルファウルで止める。このイエローカードは、オランダリーグへの彼の名刺代わりだ。

 小林は相手の陣形をよく見ながら、ラインの間のスペースに顔を出し、シンプルに味方を使うパスを多用する。ヘーレンフェーンが1−0でリードして前半を終えると、若いジャーナリストが「コバヤシは全然シュートを打たなかったじゃないか。そんなもんなのか」と不満を口にしたので、私は「今日のヘーレンフェーンは4−3−3だが、実際にはMFの1人がシャドーストライカーとなって前へ行くので、4−2−4に近いスーパーアタッキングな布陣だ。コバヤシまで前へ出たら、中盤が(スタイン・)スハールス1人になってしまう」と説明する。

 すると彼は「いや、これじゃ物足りない。われわれはコバヤシにもっと期待しているんだ」と力説する。

 ハーフタイムのピッチの上では、ユトレヒトのテクニカル・ディレクター時代、高木善朗の獲得に関わったこともあるフック・ボーイがテレビ解説者として、小林をこう評していた。

「彼は英語をまずまずしゃべるけれど、ちょっとブロークンらしいね。でも、彼が左サイドに開いて、ラーションが中に入ることによって、トゥエンテのMFモコチョがポジショニングに苦しんでいる。コバヤシはしっかりフットボールの言葉を足で使って、コミュニケーションを取っているんだよ」

 小林に対するフックの前半評は上々だった。

派手なデビューとはならなかったが……

後半にパフォーマンスが落ちたこともあり、派手なデビューとはならなかったが指揮官からは最大に近い賛辞が贈られた 【Getty Images】

 しかし、後半に入ってから小林のパフォーマンスが落ちた。53分に右サイドからクロスを入れたことぐらいしか、記憶に残るプレーはない。やはり異国の地でいきなり90分間フルでコンスタントなプレーをするのは簡単なことではない。62分にはベンチへ下がる小林に対し、サポーターはスタンディングオベーションを送りその健闘をたたえた。

 試合は3−1でヘーレンフェーンが勝った。テレビの仕事を終えて一服ついているフックに、小林の感想を聞いてみた。

「非常にクレバーなプレーヤーだ。ビルドアップの時に開いてみたり、相手のラインの間にポジションを取って、確実なプレーをする。左足のテクニックは高いね。前半のプレーは非常に印象的だった。しかし、後半は今ひとつだった。これは彼の責任というわけではない。後半立ち上がりのヘーレンフェーンはチーム全体として良くなかった」

 ユルゲン・ストレッペル監督は「ユウキは最高だったね。それは君たちも見ただろう!? 彼は言葉で苦労しているけれど、チームに早く順応した。これもクオリティーだよ」とテレビカメラに向かってしゃべっている。黒子に徹した小林にとって、派手なデビューマッチにはならなかったが、指揮官は最大に近い賛辞を贈っていた。

 当の小林は地元テレビ局のインタビュー依頼を受け、日本人記者に向かって「誰か通訳してよ!」と助けを求めていた。だが、結局は1人でインタビューを受けることを決意し、たどたどしく、しかし堂々と英語で自分の思いを伝えていた。

 次に日本メディアへの応対だ。小林は「自分でフィニッシュ、ラストパスというのが、俺のしたいプレーだけれど、存在価値を見せて勝利に貢献できた。前節(第4節ズウォレ戦/1−0)、自分がベンチに入ってからチームが勝ち続け、良い流れができている。このチームは絶対に、ヨーロッパリーグへの出場権を得るためにトップ3に入る。俺はそこを目標にやっていく。逃さない」と語り、スポンサールームへ上がっていった。

 この時点でもう夜の11時半。小林の1日は長い。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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