世界との差を明らかにする『PUB REPORT』 コンサル目線で考えるJリーグの真実(7)

宇都宮徹壱

課題を明確に認識するための2つの要素

レアル・マドリーとJリーグのスタッツデータの比較を通して、明確な差が明らかに 【写真:なかしまだいすけ/アフロ】

――あらためて今回の『PUB REPORT』の内容について、チェアマンは「世界とのギャップ」をどのあたりに痛切に感じたのでしょうか?

村井 ストレートに言えば、レアル・マドリーとJリーグのスタッツデータの比較。ほぼすべての項目にわたって向こうが上回っていて、Jリーグが優っているのは自陣でのタックルの数などほんの数項目だけですよね(笑)。実はこれ以外にも、膨大なデータをいろいろと取り寄せてみたんですけれども、そこに明確な差がありました。

 あとは、イングランドはプレミアリーグだけでなく2部(チャンピオンシップ)でも、スタジアムは100%がサッカー専用だったということですね。環境面でここまで違うのかと。われわれも百年構想を掲げてスタジアムのあるまちづくりを推進していますけれど、やはり歴史的な厚みの違いも衝撃的でした。ただ、これまで薄々感じていたものが、これだけ言語化や数値化できました。ターゲットが決まれば、そこに対して集中して改善していくのは日本の強みだと思っていますから。

――ギャップを明確にしなければ、対策を立てようがないですからね。まさに今回のリポートは、デロイト トーマツさんが専門分野である「見える化」というところがふんだんに盛り込まれていたと思うんですけど、そのあたりはかなり意識されていましたか?

里崎 そうですね。課題を明確に認識するためには2つの要素が必要です。1つは現状をきちんと把握すること。もう1つは、目指すべき方向が明らかになること。どちらかがあやふやだと、課題がうまくつかめなくなってしまって、何をしていいのかも分からなくなってしまい、明確な策を打てないということになると。今回のJリーグのこういった取り組みは、足元を明確にするという意味で大きなステップだったと思います。目指す方向が見えれば、必然的に課題がつかみやすくなります。課題さえ正確につかめれば、だいたい8割くらいは解決したようなものだと思います。あとは具体的にどうやって立て直し、磨き込んでいくかというのを実直にやっていくというステージに入っていくことになります。

福島 課題の認識を明らかにするというのは、客観的な数字で表すことでさらに進化していくと考えます。次に考えていかなければならないのが、それをどうジャッジしていくかということですね。

――現状をきちんと把握して、しかも第三者の視点から数値化してもらうというのは、チェアマンが以前からお考えになっていたことでしょうか?

村井 そうですね。『Football Money League』はサッカーに携わる人からすれば、ひとつの目指すべき具体的なファクトを提示してくれます。それをわれわれが自分たちでやってしまうと、無意識のうちに自己正当化してしまうんですよね。体重計がないと減量もできないし、鏡がないと美しくなれない。要は、外から自分を客観的に見ること。もちろんそれは、けっこうつらいことではありますけれど、そこからいろいろなものが始まりますよね。

今後の『PUB REPORT』に求めたいテーマ

仙台で試合をした翌日、川崎の選手は陸前高田で復興支援のチャリティーイベントに参加した 【宇都宮徹壱】

――12月には第3回の『PUB REPORT』が出ると思いますが、次はどのようなテーマを考えていらっしゃいますか?

村井 16年シーズンを振り返ることはきっとやると思うんですよね。その時には、また新しい分析をデロイト トーマツさんにお願いする可能性もあります。新しい調査は次の夏になるかもしれないですけれど。今回は、例えば止める・蹴るといった競技面を中心に指標を出しましたが、今後は選手としての「人間力」の部分にフォーカスしていきたい。要はアスリートとしてのフィジカル能力の前に、精神的な判断が伴って、いいポジション取りであったり、戦術オプションの選択であったり、ピッチ上でコミュニケーションであったり(が存在する)という。

――つまりプレーのベースとなる人間性というものでしょうか?

村井 はい、私が一度、総括してみたいのが、ピッチ上のゲームを観察したり、それに基づいて考えたり、判断したり、それを伝えたり、やり切ったり……という人間の総合力を生かした、技術以外のところがどのくらい作用しているかということなんですよ。先日の『PUB REPORT』のメディアブリーフィングでも、メディアの皆さんに映像をお見せしましたが、ドイツのUー17代表の選手が、代表合宿中に数学とか地学などを勉強している姿を見て、ドイツは単にアスリートとしてのフィジカルや技術だけでは、世界では戦えないということを自覚しているように感じられました。

 例えばこの間、川崎フロンターレの選手たちが、仙台で試合をした翌日に陸前高田にほぼ全員が入って、丸1日かけて復興支援のチャリティーイベント(『高田スマイルフェス2016』)に参加しましたよね。強化担当の立場からしたら、通常であれば常識外れなことですよ。けれども川崎の選手たちは、ただお金のためにサッカーをしているのではなく、地域のためであったり、子どもたちのためであったり、さらには日本をより良くするため、より高い次元での使命感や目的意識を持っている。そういう人間力の差というものが、最後に数センチのところで足が伸びるところに作用するんじゃないか。そういうことを考えています。

――非常に興味深いテーマではありますけど、どこまで「見える化」できるでしょうか。

福島 例えばJクラブの練習では、オーナーシップ(編集部註:選手自らが試合を想定した練習内容を提案すること)が足りないという指摘がありましたが、そういった部分の話は、チェアマンがおっしゃる人間力の部分につながっていくんじゃないかと思います。

村井 確かに、ちょっと難易度が高いテーマかもしれません。明確に差が出るかどうかも分からないけれど、そこに対してどのような投資が行われているかというようなことは、明確化できると思います。私がJリーグ所属選手の10年間のプロファイルを調べただけでも、傾聴力とか主張力といったものが出てきたくらいですから。同じプロフェッショナルでも、活躍できた選手とそうでなかった選手のGP分析(編集部注:上位群・下位群に分け、各項目の平均値を求めて比較する分析)をしっかりやって、そこのプロセスに何があったかというのを本格的に追いかけていけば、何かが出てくるかもしれないですよね(笑)。

――非常に難しいリクエストが出てきましたが、いかがですか里崎さん。

里崎 確かに、何かは出てきそうですね(笑)。

<第8回に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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