卓球・水谷、どん底からつかんだ銅 “天才の苦悩”乗り越え歴史的快挙

平野貴也

日本の男子卓球界をけん引し続けてきた水谷隼。悲願の銅メダルの陰にあった苦しみとは? 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 重くのしかかっていた悪魔が消え去り、解放感に満たされた日本のエースは、仰向けに倒れ込んだ。ついに、取った。エースの称号を得た者が挑んでは敗れた壁を、ついに乗り越えた。日本男子初、日本勢としてシングルスでも初となる五輪のメダル獲得だ。水谷隼(ビーコン・ラボ)が、ついに、ついにやってのけた。リオデジャネイロ五輪の卓球競技は現地時間11日に男子シングルスの3位決定戦を行い、水谷は準決勝で世界ランキング1位の馬龍(中国)に敗れたものの、3位決定戦でウラジーミル・サムソノフ(ベラルーシ)を4−1で破り、銅メダルを獲得した。

「苦しい道のり」だった4年間

 準決勝を経てパワーアップした水谷が、コートに立っていた。馬龍戦では、やや慎重な試合運びを見せたが、追い込まれてからは気迫あふれるゲームを展開。金メダルを取ることになる馬龍を相手に壮絶な打ち合いを見せて観客を沸かせるなど、見せ場に富んだ黒星だった。だから、敗戦でも手ごたえは得ていた。

 サムソノフとの3位決定戦に臨んだ水谷は、自信と迫力をまとって第1ゲームから豪快に攻め込んだ。2ゲームを連取した後は第3ゲームを奪われ、第4ゲームも相手のゲームポイントを3度も迎える苦しい展開。しかし、最後はラリー中のボールが相手側のエッジに当たる幸運に救われて、ゲームカウント3−1で王手をかけた。水谷の勢いは止まらず、第4ゲームは4−2から、ネットにかかって入ってきた難しいボールに難なく対処するスーパープレーを見せるなどリードを保った。そして10−8で迎えたマッチポイントで相手のボールがネットに阻まれ、勝利が決まると、水谷は大の字に倒れ込んだ。

メダル獲得が期待されたロンドン五輪では、4回戦敗退に終わった水谷 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

「今までの苦しい道のり、練習だったり試合だったり、ここまで来る道のりが走馬灯のように流れてきた」

 まぶしい天井を仰ぎ見たとき、思い出された出来事の中には、4年前の自分の姿もあった。メダル獲得が期待されたロンドン五輪は4回戦敗退。期待とのギャップに、精神が悲鳴を挙げた。

「自分の中では不安と周りの期待が矛盾していた」と、メダルを取る自信がなかった当時の思いを打ち明けた。実力以上のものを期待されたとき、人は強烈なプレッシャーを受ける。ロンドンで敗れた後、水谷は卓球から距離を置いた。国際大会の出場を見送るようになっただけでなく、練習もせずに卓球から離れた生活をしていたという。

 翌2013年の世界選手権は初戦敗退。他人に描かれた期待の成長曲線から脱線した。水谷は「ロンドン以降は、自分の卓球がめちゃくちゃになって、このまま自分の卓球人生も終わるのかなと思ってどん底まで落ちた」と振り返った。しかし、同年の結婚を境に、欧州で世界の強豪と渡り合っていた日々の刺激を思い出した。国内で勝つのではなく、ロシアリーグへ移籍してもう一度世界に挑戦すると決めたとき、“メダル挑戦”という困難なテーマは「できるかな、やりたいな」という意欲から「必ず取る」という覚悟に変わった。「世界のトップに善戦する選手」から「勝てる選手」へ。壁を乗り越えた水谷は、日本卓球界に「できた」と告げる価値ある銅メダルをもたらした。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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