精神状態が明確に表れたバルセロナの不調 状況が一変したリーガの優勝争い

フットボールは予測不可能

リーガ3連敗を喫したバルセロナ。2位のアトレティコ・マドリーに勝ち点で並ばれた 【写真:ロイター/アフロ】

 フットボールが長年にわたって世界中で楽しまれる一大エンターテインメントであり続ける理由が1つあるとすれば、それはこの競技が予測不可能であることだ。

 過去に幾度となく繰り返されてきたジャイアントキリングが証明する通り、それがたとえ世界的ビッグクラブと小さな町クラブの対戦であっても、フットボールは最もロジックを無視した結果が生じやすい競技の1つである。

 プレーに影響を及ぼす要素は多種多様にあり、スコアに大差がつかない限り勝敗が決まったと断言することはできない。ボルシア・ドルトムントがアンフィールドで3ゴール挙げたにもかかわらず、後半だけで4ゴールを決めたリバプールに1−3から4−3へスコアをひっくり返されたヨーロッパリーグ準々決勝第2戦のような例だってあるくらいだ。

 リーグ戦の終盤にライバルとの勝ち点差が9〜10ポイント開いていたとしても、やはり決着が着いたと考えるべきではない。

 今から10年前、アルゼンチンの2006−07シーズン前期リーグでは、4節を残して首位のボカ・ジュニオルスが2位のエストゥディアンテス・デ・ラプラタに勝ち点9差をつけていた。当時は史上初の国内リーグ3連覇まであと一歩と迫っていたボカの優勝を疑う者など皆無で、人々の注目は2位争いの方に集まっていた。

 しかし、そこからエストゥディアンテスとの勝ち点差は残り3節で6、残り2節で4、残り1節で3まで縮まり、とうとう最終節で同勝ち点に並んでしまう。72時間後に行われたプレーオフを制し、リーグ王者となったのはエストゥディアンテスの方だった。

 今季のリーガ・エスパニョーラでも同様の現象が起こっている。ほんの1カ月前、首位バルセロナに勝ち点9差もつけられていた2位のアトレティコ・マドリーが、残り5試合の時点で同勝ち点に並んだのだ。そのアトレティコを率いるのは他でもない、当時エストゥディアンテスを逆転優勝に導いたディエゴ・シメオネである。

数週間でさまざまな問題が発覚

メッシは「パナマ文書」により新たな脱税疑惑が発覚した 【写真:ロイター/アフロ】

 もちろん今季のリーガはまだ終わっておらず、アトレティコの背後には強力な3トップを擁するレアル・マドリーも勝ち点1差でつけている。だがシメオネが2つの異なるチームで驚異の追い上げを実現できたことには、人生においてしばしば起こり得る偶然の巡り合わせという側面以外にも、確かな根拠がある。

 シメオネはチームを鍛え上げるだけでなく、成功のチャンスが訪れた時のための準備を決して怠らない。そしていざそのチャンスが訪れた際には両手でつかみ、絶対に離さない男なのだ。

 チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝の組み合わせ抽選でアトレティコとの対戦が決まった際、バルセロナは極めて厳しい戦いを強いられると誰もが理解していた。当時のバルセロナは公式戦で39試合も無敗を保つ好調を維持していたものの、いつだってアトレティコは「ナイフの刃を噛み締めて戦う」とシメオネが表現する通り、戦うことを決してやめない難敵だからだ。

 とはいえ、リーガの優勝争いの状況が一変した最大の要因がバルセロナに生じた突然の崩壊にあることは言うまでもないだろう。

「フットボールは精神状態を表す」とホルヘ・バルダーノが度々指摘してきた通り、バルセロナの崩壊をもたらした最大の原因は精神的な部分にあると考えられる。ここ2、3週間のうちに、ネイマールはバルセロナとの契約内容を暴露され、リオネル・メッシは「パナマ文書」の公開によって新たな脱税疑惑が浮上した。立て続けに生じたピッチ外の問題に加え、勝ち点差が開いていたために大きな影響はないだろうと考えられていたカンプノウでのエル・クラシコ敗戦(1−2)も、チームに想像以上の打撃を与えることになった。

 それまで昨季に続いてリーガ、CL、国王杯の三冠獲得に向けて極めて順調に歩みを進めていただけに、クラシコの敗戦をきっかけに今季の全てを失いかねないほどの崩壊劇が始まることになるとは、誰もが予想していなかったはずだ。

 極上のハーモニーを奏でていたトリデンテ(メッシ、ネイマール、ルイス・スアレスの3トップ)も突如として不協和音を奏ではじめた。1試合の出場停止を利用してブラジルに帰国し、妹の誕生パーティーに参加したことが批判されたネイマールは、華やかな私生活がコンディションの低下を招いていると指摘されはじめた。メッシは通算500ゴール到達を前に5試合連続で不発が続き、ようやくゴールを決めたバレンシア戦(1−2)でもチームに勝利をもたらすことができなかった。そしてクラシコで受けた警告により“鬼門”アノエタでのレアル・ソシエダ戦を欠場したスアレスは、焦りからかオフサイドを繰り返している。

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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