沖永良部高の歴史を変えた選手権予選 奄美に浮かぶ小さな島のサッカー部

平野貴也

人口約1万5000人の島にある唯一の高校

鹿児島県予選の2回戦で敗退した沖永良部(赤)は、島にある唯一の高校サッカー部 【平野貴也】

 島に1つしかない高校で絆を深め、サッカー部全員でアルバイトをして遠征費を稼ぎ、何時間もかけて船に乗って県予選に遠征をした。その先に目指した晴れ舞台を、彼らはどんな気持ちで見るのだろうか。

 日本全国の高校サッカー部の頂点を決める、第94回全国高校サッカー選手権が12月30日に開幕する。出場チームは、各都道府県の予選を勝ち抜いた48校(東京のみ2校)。これから注目を浴びる彼らの陰には、当然ながら多くの予選敗退校が存在する。全国でも上位を狙える力を持っていたチーム、プロに進む注目選手を擁したチームとその姿はさまざまだが、特異な経験の末に県予選初勝利を挙げて挑戦を終えたチームもあった。鹿児島県予選の2回戦で敗退した沖永良部高校だ。

 九州本島から南へ約550キロ。海に浮かぶように点在する奄美群島の一つが、沖永良部島だ。人口約1万5000人。島に高校が1つしかないため、島内の和泊町で活動している社会人チームに胸を借りる以外に練習試合を組むことができないなど、地理的なハンデがある。鹿児島より沖縄本島の方がはるかに近く(約60キロ)、彼らが鹿児島県予選に出るためには、8校で行われる群島(大島地区)予選で上位2位に入り、県予選の会場がある鹿児島市内まで18時間も船に揺られて移動しなければならない。着いた翌日には試合。体調管理も難しい。条件的にも物理的にも大変な道のりだ。

特殊な環境を言い訳にしない

なかなか珍しい環境にあるサッカー部だが、多くの人々に支えられながら活動を行っている 【平野貴也】

 鹿児島県予選が1回戦から決勝戦までの5試合をわずか1週間で行う特殊な日程で行われる背景には、彼らのように移動の時間と費用がかかる島のチームへの配慮がある。離島のチームは、どこへ行くにも船か飛行機で遠征費がかかる。そこで、サッカー部は保護者会と協力体制を組み、近隣の農家の畑でジャガイモを育て、収穫して販売するというアルバイトをチーム全体で行って遠征費をねん出。ほかに、Tシャツ販売など、島で行っている観光業の手伝いも行った。小学生でも桜島大会などで移動するため、島の人間にとって船での遠出は当然のことと言うが、アルバイトを含め、なかなか珍しい環境だ。立地に恵まれた高校からは想像もつかない。

 しかし、彼らは「島だから」を勝てない理由にするつもりはない。夏には、沖永良部出身者で構成される神戸沖洲会のバックアップを受けて、神戸で10泊11日の強化合宿を敢行。県外のチームと対戦することで、目指すべきレベルを再確認した。奄美大島での乗り換えを経て、神戸港まで船で36時間。寝泊りは、公民館を借りて雑魚寝した。

 神戸合宿では、神戸科学技術(兵庫)や近畿大学附属(大阪)といった関西の強豪と対戦。夏まで主将を務めていた3年生の大久保駿は「ずっとパスを回されるのを耐えて、シュートを打たれるときは体を投げ出して防いで、しつこく粘り強い守備から少しずつ攻撃ができるようになっていった。本当に強いチームと戦えて、島に戻ってからもイメージがなくならないように取り組んだ。神戸で学んだものは多かった。それに、沖洲会の方たちが朝も夜もご飯を用意してくれて、送迎もしてくれたし、けが人が出れば病院に連れて行ってくれた。多くの人から寄付金や差し入れもいただいた。本当にサポートをしてもらって、えらぶ(沖永良部の略称)の人のつながりの深さを感じた。お世話になった人たちに良い結果で恩返しをしようと、チームがまとまった」と貴重な経験になった合宿を振り返った。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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