沖永良部高の歴史を変えた選手権予選 奄美に浮かぶ小さな島のサッカー部

平野貴也

県予選初勝利も2回戦で強豪に大敗

「群内では強くなっている」と林監督は教え子たちを称えた 【平野貴也】

 3年生にとっては集大成の場が、冬の選手権予選だった。鹿児島南との1回戦は、0−0のままPK戦に突入。最後は、5番目のキッカーとして登場した盛山斗来がシュートを決めて3−2で競り勝った。盛山は、3年生が進学や就職の準備のために活動を一時離れた夏から主将を任された。2歳上の兄・友太が県予選でPKを外して敗れているだけに「一瞬、兄ちゃんのことが頭をよぎったけれど、決められて良かった」と笑って初戦を振り返った。

 たったの1勝だが、学校にとって選手権の県予選は初勝利。しかも、神戸合宿のかいがあり、相手の攻撃には驚くことなく対処できたという。むしろチャンスを決め切れないことが課題に残り、内容面でも充実の一歩を踏むことができた。

 同校OBである林健太郎監督は「一昨年の新人戦では8強に入ったけれど、選手権予選では初勝利。まだ県予選の出場が4回目。私たちのときは、島の予選を一度も勝ち抜けなかった。群内では強くなっている。今回は1つ勝てたことで、また前に進む力をもらったと思う」と後輩でもある教え子たちを称えた。

 しかし、鹿児島県は全国でも上位を狙えるチームがひしめく激戦区。2回戦では、全国4強の経験もある神村学園に0−5で敗れた。前半10分に失点した後、神戸合宿で培った粘り強い守備で長く劣勢を耐えていたが、後半24分に2点目を奪われると歯止めが利かなかった。それでも「1点、取って帰るぞ!」を合言葉のように叫びながら、試合終了の笛が鳴るまで全員で戦い続けた。

 初戦で歴史を変えたとはいえ、大敗の悔しさを和らげることはできない。林監督は「2点目を取られるまでは我慢できればと思ったけれど……。2点目を取られて最後は点を取りに行ったら、1対1の強さ、球離れの速さにやられてしまった。勝たせてあげたかった。これを言ったら笑われますが、彼らが決めた目標は県予選の優勝で、本気で目指して来ましたから」と顔をしかめた。

 それでも、強豪を相手に渡り合った時間には、これまでの努力が詰まっていた。大久保は「胸を借りるつもりで、チャレンジャーとして挑んで、集大成の選手権で最後まで楽しむことはできた。終盤は怒とうの攻撃でやられてしまって悔しかったけれど、仲間や支えてくれた人たちのおかげで、最後の最後で(県予選で)勝つことができて本当に良かった。高校サッカーをやって良かったな、という大会にはできたと思う」と晴れ晴れとした表情で話した。

沖永良部も目指した憧れの大舞台

初勝利を収めた1回戦で最後のPKキッカーを務めた2年生の盛山(左) 【平野貴也】

 3年生は正真正銘の引退。大久保は「自分は島が好きなので、役場で働くために試験を受けている。仕事をしながら、母校の小学校でサッカーの楽しさを教えて、沖高のみんなとサッカーをできたら良いなと思っている」と秘めていた将来設計を教えてくれた。

 2年生は、また来年に躍進を目指す。盛山は「今日もOB、県内に住んでいる島の出身の方、昨年まで学校にいた先生、小中学校の時の先生がいっぱい応援に来てくれていた。今回はベスト16だったので、来年はまずインターハイ(高校総体)でベスト8に入りたい」と感謝を示しつつ、新たな一歩を踏みしめる決意を明かした。

 敗れた2回戦の当日、彼らは18時出航の船に乗り、また18時間をかけて島へと戻った。12月30日から始まる全国大会は、プロ選手の輩出や日本一を目指す強豪ばかりでなく、小規模の離島の高校までを含めたすべての高校サッカー部の思いが詰まったドラマの最終章だ。どんなサッカーが、ストーリーが、展開されるのか。多くの者が憧れた舞台に、多くの眼差しが注がれる。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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