シンガポールの呪縛から解放された日 金崎と柏木の活躍が代表にもたらすもの

宇都宮徹壱

代表戦に冷淡なシンガポールの人々

巨大なシンガポール国旗を広げる地元ファン。この日は5万人収容のスタジアムに3万3868人が詰め掛けた 【宇都宮徹壱】

 シンガポールの国民が、自らの国を表現する言葉に「レッド・ドット」というものがある。直訳すれば「赤い点」。赤はシンガポールのナショナルカラー(代表チームのユニホームも赤)。そして東京23区ほどの面積しかないこの島国は、地図上で見れば単なる「赤い点」でしかない。それでもシンガポールは、世界第4位の外国為替市場(2014年)と金融センター(2015年)を有し、アジアにおける交易と金融とビジネスの中心地である。見た目はちっぽけな国だけど、強い影響力を持った国。「レッド・ドット」というフレーズからは、そんなシンガポール国民の密やかな矜持(きょうじ)を感じ取ることができる。

 ではスポーツ、とりわけサッカーに関してはどうだろうか。今回のワールドカップ(W杯)アジア2次予選、この試合前の時点での“ライオンズ”(シンガポール代表の愛称)の戦績は、5戦を終えて3勝1分け1敗のグループ3位。そして今回、シンガポール・ナショナルスタジアムで迎え撃つ日本とは、埼玉でのアウェー戦で0−0の引き分けに持ち込んでいる。当然、シンガポール国民は、この一戦に意気込んでいると思っていたのだが、盛り上がっているのは現地在住の日本人ばかり。むしろ「サッカーのチケットに30ドル(およそ2600円)を払うのは馬鹿らしい」というのが、一般的な国民の反応らしい(ちなみに当地の物価を考えるなら、スポーツ観戦に30ドルは決して高くはない)。

 シンガポールの人々は、なぜに自分たちのナショナルチームに冷淡なのだろうか。現地滞在中、さまざまな人と意見交換しながら私なりに得た結論は、この国のサッカーがマレー系の選手で占められているからではないか、というものであった。この国の大多数(およそ74%)を占める中華系はスポーツよりも教育とビジネスに重きを置いており、インド系(およそ9%)はサッカーよりもクリケットに夢中になっている。彼らにとってサッカーの国際大会は、「マレー系のお祭り」のように映るのかもしれない。

 実際にスタジアムを訪れてみると、客層はやはりマレー系の人々が圧倒的に多かったが、赤いレプリカユニを来た中華系やインド系の姿もちらほら見受けられた。ちなみに、この日の観客数は3万3868人。これは今予選のホームゲームでの最高記録である(もっとも、そのうちの4分の1くらいは現地在住の日本人で占められていたが)。スタジアムDJの剰な煽りが鼻についたが、いちおうスタンドからも祖国の名を連呼する声は出ている。とりあえずW杯予選としての舞台は整った。あとは日本代表が、しっかりと結果を出すだけだ。

新ユニホームと驚きのスタメン

新ユニフォームのお披露目ともなったシンガポール戦。香川、岡崎がスタメンから外れ、柏木と金崎が共に先発スタートとなった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 この日、シンガポールへの「リベンジ」に燃える日本代表には、もうひとつ重要なトピックスがあった。新ユニホームのお披露目である。日本時間の11月12日午前0時に解禁となったデザインは、「日本代表史上、最も深い青」をベースとして、11色の青のグラデーションを表現したボーダー模様。過去4〜5年のデザインが、一気に過去のものに感じられるくらい斬新なものとなった。

 この新ユニホームの評価については賛否あるようだが、デザインの良し悪しで言えば、個人的には悪くないと思っている。むしろ気になったのが、普通に街歩きにも着られるようなデザインとなっていることだ。代表ユニというものは、重要な試合でもない限り、日常生活で着用するのに多少のためらいを覚えるものだ。当然だろう、「勝負服」であり「戦闘服」なのだから。そんな気負ったイメージを感じさせない、普段着感覚のユニホームでロシアを目指すことに、私はどうしても一抹の不安を覚えてしまう(もちろん簡単に破けてしまうなど論外だが)。

 この新ユニホームを来て、ピッチに散っていったこの日の日本のスタメンは以下のとおり。GK西川周作。DFは右から、酒井宏樹、吉田麻也、森重真人、長友佑都。MFは守備的な位置に長谷部誠と柏木陽介、右に本田圭佑、左に武藤嘉紀、トップ下に清武弘嗣。そしてワントップに金崎夢生。正直、予想外の布陣である。このところドルトムントでの連戦が続いていた香川真司、逆にレスターで3試合スタメンから外れていた岡崎慎司のベンチスタートは予想できた。だが、柏木と金崎を共に先発起用するというのは、さすがに想定外であった。

 柏木の代表でのスタメンは、アルベルト・ザッケローニ監督時代の2012年2月24日、対アイスランド戦以来。この試合を最後に、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督に「再発見」されるまでの3年半、彼は代表とは無縁の選手生活を続けてきた。一方の金崎の最後のスタメンはというと、岡田武史監督時代の10年1月6日の対イエメン戦で、何と5年10カ月も前の話である。金崎はその後、その年のW杯直前まで招集されたものの、結局は定着できないまま代表から遠ざかることになる。そして12年からは、ドイツのニュルンベルク、そしてポルトガル2部のポルティモネンセでプレー。だが、今季Jリーグに復帰するまで、その動静が日本に伝えられることはほとんどなかった。

 ちなみに柏木と金崎は、いずれもここまでの代表キャップ数は5。Jリーグではコンスタントに活躍しているものの、そのブランクゆえに彼らの代表復帰を予想する者はごく少数派であった。それでもハリルホジッチ監督は「彼らは、われわれがずっと追跡していた選手」と自信たっぷりに語る。今回のスタメン抜てきは、疲労した選手を休ませる意図もあるだろうが、図らずも指揮官の眼力を確かめる格好の機会となった。現地時間19時15分、キックオフ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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