シンガポールの呪縛から解放された日 金崎と柏木の活躍が代表にもたらすもの

宇都宮徹壱

5年ぶりの代表復帰で金崎が初ゴール

5年ぶりの代表復帰でいきなり初ゴールを決めた金崎 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 試合が最初に動いたのは、前半20分。右サイドでボールを受けた本田が、中央に山なりのボールを送り、これを武藤がヘディングで競り合って落としたところを、金崎がワントラップから左足ボレーでゴールネットに突き刺す。次の瞬間、金崎は一目散に日本ベンチに駆け込んでチームスタッフやサブメンバーと喜びを分かちあった。久々の代表復帰も、そしていきなりスタメン起用も、いずれも予想外の展開であったが、そのさらに上をいく先制ゴールというサプライズ(しかも当人にとっては、これが代表初ゴール)。この金崎の一撃で日本は、スコアレスドローに終わった埼玉でのゲームから実に110分をかけて、ようやくシンガポールのゴールをこじ開けることに成功した。

 追加点は6分後の26分。中盤でのパス交換から、金崎が右サイドを駆け抜ける清武にボールを送り、清武が折り返したところを武藤がトラップ。最後は走り込んできた本田が左足を振りぬいて、4試合連続となるゴールを挙げた。前半の2ゴールは、いずれも素早いサイドへの展開と正確なクロスから生まれた。ハリルホジッチ監督が望んでいた形を本番で表現できたという意味で、大いに評価すべきだろう。前半は日本の2点リードで終了。

 問題は後半である。2点のリードに安心したのか、それともやや攻め疲れを起こしたのか、前半のような前線でのアクティブなプレーは一気に影を潜めていった。日本ベンチは攻撃を再び活性化させるべく、次々とカードを切っていく。後半25分、武藤から宇佐美貴史。30分、清武から香川。38分、本田から原口元気。しかし、相手がより中央を固めてきたため、サイドからチャンスを作っても何度となく弾き返される。逆に相手のセットプレーやカウンターから、2度も際どいヘディングシュートを許してしまう始末。来年の最終予選のことを考えると、決して看過すべきでないシーンであった。

 そして終了間際の後半42分。ようやく日本の3点目が入る。右CKのチャンスから、吉田がヘディングで反応したものの相手DFがクリア。これを宇佐美が拾ってシュートすると、ゴール前の吉田が巧みに右足に当ててコースを変え、そのままゴールインとなった。ここまで、日本の猛攻を2失点に抑えていたシンガポールの守護神、イズワン・マフブドも、さすがにこれには反応できない。結果として3−0で日本の勝利。とはいえ、もう少し点が取れたという意味では、いささかの不満が残るゲームでもあった。

大胆かつ柔軟な選手起用の背景にあるもの

ハリルホジッチ監督の思い切った選手起用が功を奏した。今後、チーム全体の競争がさらに活性化されるはずだ 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「勝ててうれしく思う。そして選手を祝福したい。前半はかなり良かった。野心とアグレッシブさを見せることができたし、いくつかの美しいアクションもあった。もっとゴールを決められなかったのが残念。後半にリズムが落ちたのは、疲労と暑さが原因だった。環境適応の面で、少し時間が足りなかった」(ハリルホジッチ監督)

「今日の日本のパフォーマンスには驚いていない。6月の試合では、欧州のシーズンが終わったばかりで、日本の選手のコンディションは良くなかった。しかし今日の日本は、いつもの力を発揮できる状態にあった。おそらく今回の予選で、彼らは最も良いパフォーマンスを見せていたのではないか」(シンガポール代表、ベルント・シュタンゲ監督)

 試合後の両チーム監督のコメントからも明らかなように、今回のゲームは終わってみれば日本の順当勝ちであった。数多くの決定機を作りながらも3ゴールで終わってしまったこと、後半に入ってパフォーマンスが低下したこと(前半が低調だったアフガニスタン戦やシリア戦とは逆のパターンだった)、その後半で相手にフリーでシュートを打たれてピンチを招く場面があったことなど、相変わらず課題はあるにはある。それでも今回のシンガポール戦は、結果以上にいくつか期待の持てる内容だったと言えよう。

 まず何と言っても、この試合でハリルホジッチ監督がスタメンで抜てきした、金崎と柏木が見事に期待に応えたことが大きかった。先制ゴールを決めた金崎に、どうしても視線が向かいがちではあるが、この日の柏木のプレーもまた見る者を大いにうならせるものであった。ゴールやアシストこそなかったものの、「彼は良いパス出しができる選手。球際とか守備の部分でかなり貢献していたと思う」(長谷部)というコメントがすべてを言い表している。長谷部のパートナーとしては、これまで柴崎岳や山口蛍がチョイスされてきたが、ここに柏木が一気に食い込んでくることとなった。

 今回の思い切った選手起用が功を奏したことは、彼ら自身のアピールだけにとどまらない。当然、チーム全体の競争を活性化させるはずだし、さらにはJリーグ全体にも好影響を与えるかもしれない(身近なチームメートや対戦相手が突如として代表で活躍すれば、新たな野心を燃やさないプロはいないだろう)。その一方で、こうした大胆かつ柔軟な選手起用の背景には、ハリルホジッチ監督のチームマネジメントに、良い意味での余裕と慣れが生まれつつあることを感じさせる。

 これまでのメンバー固定は、おそらく初戦のシンガポール戦で失った「勝ち点2」を挽回しなければという、焦りと重圧に起因していたのであろう。しかし中東勢との2連戦に連勝し、グループ首位が見えたことで、ようやく2次予選以降の戦いを視野に入れた選手起用が可能となった。日本代表の次のゲームは、11月17日のアウェーでのカンボジア戦。この試合でも「また新しい選手を使うかもしれない」とハリルホジッチ監督は示唆している。これまで我慢と葛藤の采配が続いていたが、シンガポール戦の呪縛から解き放たれたことで、いよいよ「世界を知る名将」の本領が発揮されることを期待したい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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