男子短距離に必要な「メンタルの強さ」 陸連・苅部部長が語る世界との戦い方

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男子短距離勢の活躍について、苅部俊二短距離部長に聞いた 【スポーツナビ】

 陸上の世界選手権(中国・北京)を8月に控えた今季前半、男子短距離は話題に事欠かなかった。3月のテキサスリレー(米国)の男子100メートルで桐生祥秀(東洋大)が追い風参考ながら9秒87をたたき出し、5月のゴールデングランプリ川崎では26歳の高瀬慧(富士通)が日本歴代7位タイとなる10秒09を記録。200メートルでは、その高瀬が同月に日本歴代2位の20秒14で走ると、7月にはベテラン・藤光謙司(ゼンリン)が、それを0秒01上回る20秒13をマークした。

 さらに若手も躍進。特に6月の日本選手権で100メートル、200メートルともに2位になった、16歳のサニブラウン・ハキーム(城西大城西高)の活躍は目覚しい。7月の世界ユース選手権(コロンビア・カリ)では2冠を果たし、うち200メートルは、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が持つ大会記録(20秒40)を破る20秒34をマーク。世界選手権の参加標準記録(20秒50)も上回り、代表入りが濃厚だ。

「想定どおりですよ」。彼らの活躍についてサラリと語ったのは、昨年11月に日本陸上競技連盟(陸連)の短距離部長に就任した苅部俊二氏だ。1996年アトランタ五輪、2000年シドニー五輪の400メートル障害に出場した実績を持ち、現在は母校の法政大で、世界選手権代表の大瀬戸一馬らを指導している。

 現在の男子短距離の活況をどう分析しているのか。また、世界で活躍する選手を育てるために必要なこととは何なのか。苅部氏に聞いた。

ベテラン、中堅、若手がそろう「良い構図」

日本選手権の男子200メートルでは、藤光(中央)が優勝、同着2位に高瀬(左)、サニブラウンが入り、今季好調の3選手が表彰台に上がった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――男子短距離陣の躍進についてお聞かせください。今季は桐生選手、サニブラウン選手ら、若手が活躍していますが?

 今は高校生のインタビューでもみんな、「2020年(の東京五輪)」と言いますよね。それはある意味、みんなそこを見据えてやってくれているという良い面もあります。それに、今トップの選手たちも「まだ、われわれもいるんだぞ」と、相乗効果で良くなってくれればいいですね。喜ばしいことだと思いますよ。競争が多くなってきたということは、層が厚くなってきたということなので。

――サニブラウン選手もこれからの選手だと思いますが、今後、どう育っていってほしいですか?

 彼の指導者は、シドニー五輪の時に私と1600メートルリレーで組んでいた山村貴彦コーチです。指導力もあって、良い選手をたくさん育成しています。彼はやはり先を見据えていますよ。あんまり筋肉で(体を)ガチガチにしたりはしません。サニブラウン選手は走りもまだ粗削りだし自由にやらせているので、先を見てくれていますよね。

――一方で高瀬選手、藤光選手、塚原直貴選手(富士通)といった中堅やベテラン勢も好調です。

 やはり(競技が)長くできるようになってきましたよね。それは多分、朝原(宣治)君の影響がすごく大きいのではないでしょうか。30歳くらいになっても「まだまだやれる」と思えるようになった選手が多くなってきたのは、良い傾向だと思いますね。私の時は23、4歳で、もうベテランと言われましたから(笑)。

 でも、人によるとは思いますが20代後半が一番動けるんです。だから彼らが円熟味を増すのは必然なんじゃないかなと思います。若い時はもう勢いですよね。それが、ケガなどいろいろなものを繰り返していって、だんだん洗練された走りができるころが30歳の手前あたり。藤光選手もそうです。自分の走りがやっと分かってきて、そうすると今度は、遅く走れないような感じになります。

――「最低でもこのタイム以上は絶対に出る」というような?

 そうですね、コツをつかむということです。地面のどこに(足を)着いたらどういう反発が返ってきてといったことを、体が覚えてしまう。そうすると、絶対に(レースで)外さないようになるのですが、そういうのができるようになるのが大体26〜8歳くらいなんです。自分のことを言うのはあまり好きではないですが、28歳で(400メートル障害の)日本記録を出して、パリ世界室内選手権で銅メダルを取ったのも27歳でした。あのころが一番速かったですね。何をやっても速かった。

――そういったベテランもいて、若手もいてというふうに、だんだんと短距離陣の層が厚くなってきたのは、ある程度想定どおり?

 想定どおりですよ。熟練味を増した選手がいて、中堅もいて、イケイケの若手が出てきてというのは、すごく良い構図になっています。今年、来年、さらに2020年というのは楽しみな選手が出てきていますね。

「日本人はまず環境に負けている」

昨年のアジア大会男子100メートルで3位に入った高瀬。順天堂大時代から師事する佐久間コーチと二人三脚でトレーニングを続けてきた 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

――中国勢が100メートルで9秒台、400メートルリレーでも37秒台に突入しました。日本勢の先を越された形になりましたが、「同じアジア人なのだから、日本も当然できるはず」と考えることもできます。陸連として、個々の走力をのばすための戦略は?

 基本的には個人に委ねているところがあります。だから、攻め方としては、みんなバラバラですね。例えば、高瀬選手と佐久間(和彦)コーチはマンツーマンでやっていますし、桐生選手と土江(寛裕)コーチはすごい緻密にやっている。私は、大瀬戸と結構感覚的にやっていて(笑)。でも、われわれがいつも言っているのは、とにかくやり方はどうであれ、走力を上げていかないと勝てないぞと。個々の走力は個々で上げてほしいし、そこをつないでいくのは陸連の仕事というような感じですね。やはり陸上競技は個人種目なので、われわれが強制して、これをやれ、あれをやれと言うのは違うと思うんです。高瀬選手が砂場で練習していて「そんなのダメだよ」と言うのは絶対にダメだし、それを信じてやってほしい。それで強くなってくれればいいと思っています。

――高瀬選手は以前、中国選手は海外を拠点に練習している選手も多くて、メンタルが圧倒的に日本人とは違うと。昨年の仁川アジア大会については、それが結果の差にもつながっているんじゃないかとおっしゃっていました。

 それはゼロではないと思いますね。メンタル的なところは、海外選手は強いですよ。日本は甘いですよね。日本の大会はどこに行ってもサブトラックがあって、食事も良いですし、何でもあるじゃないですか。一方で海外選手は結構劣悪な状況でもやっている。この間、うちの選手をタイに行かせたんです。転戦するアジアグランプリというのがあって、誰もコーチもつかないで、「自分でやってこい」と。食事も全然食べられないし、トラックもボコボコらしいんです。それでも強い選手は結果を出してくる。でも、彼はベストにも程遠いようなタイムで帰ってきた。「そういうところがやっぱりダメなんだよ」と伝えましたね。

――そういったところで海外選手との差が出るんですね。

 日本人はまず環境に負けている。与えられた中でどうやっていくかといったメンタル的な強さがない。日本人が海外で活躍できないのは、それもひとつ、あると思います。だからタフにならないといけない。高瀬選手と藤光選手は今回、欧州に行って、コーチをつけないで転戦してきました。藤光選手も今年、最初は「心配だ」と言っていましたが、(海外で)3試合やらせました。やったほうがいいんですよ。

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