欧州組と国内組がひとつになったイラク戦 ギャップを埋めた指揮官の2つの対策

宇都宮徹壱

戦争によって翻弄されたイラクのサッカー界

アジアカップでベスト4のイラクに4−0と快勝。5日後のW杯予選に向け弾みをつけた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「われわれは1980年以来、アウェーでしかサッカーができない状況にある。それでも(86年の)メキシコでのワールドカップ(W杯)予選を突破することができた。明日の日本との対戦でも、多くのものが学べるという意味でとても大きな意味があると思う」

 シンガポールとのW杯予選初戦(6月16日)に向けた強化試合として組まれた、11日のイラク戦での前日会見。イラク代表のアクラム・セルマン監督はこのように語っている。今年1月に開催されたアジアカップで、若手主体で臨んだイラクは日本より上位のベスト4進出を果たした。大会後、ラディ・シュナイシル前監督(暫定だった)からチームを引き継いだセルマンは、今回が5回目の代表監督就任。何かとピッチ外での苦労が絶えないイラクだが、実は80年代以降も国内でW杯予選を戦っている(最後に行われたのは01年9月28日のバーレーン戦。1−0でイラクが勝利)。それでも、イラクのサッカー界が度重なる戦争によって翻弄(ほんろう)され続けたという事実に変わりはない。

 イラン・イラク戦争(80〜88年)、湾岸戦争(90〜91年)、イラク戦争(03〜11年)、そして現在もIS(イスラム国)との戦闘は続いている。イラクのほうから仕掛けた戦争もあれば、米国からの一方的な言いがかりで始まった戦争もある。いずれにしても民衆にとってはたまったものではない。当然、サッカーを含むスポーツ界も多大なる影響を受けたわけだが、W杯へのチャレンジは82年大会予選から途切れることなく続き、86年のメキシコ大会に初出場。またアジアカップでも96年大会からコンスタントにベスト8以上の成績を残し、07年の東南アジア4カ国大会(インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム)では見事にアジアチャンピオンに輝いた。祖国の苛烈な状況を思えば、快挙の重みは他国の比ではない。

 そんなイラクだが、今回のW杯予選では自国での試合開催を強く望んでいる。「イラク全土で戦争をしているわけではない。今度、FIFA(国際サッカー連盟)の許可を得て、イラク国内でシリアと親善試合を行う(6月27日)。その結果でもって、イラクで予選ができるかどうかが決まると思う」とセルマン監督。中東には政情不安やテロの応酬などで、自国でホームゲームを開催できない協会がいくつか存在する(今回、日本と予選で同組となったシリアとアフガニスタンもそうだ)。そんな中、果たしてイラクで14年ぶりにW杯予選が開催されるのだろうか。日本は来年の3次予選でイラクと対戦する可能性がある。それだけに、個人的には今回の親善試合以上に気になるところではある。

理想的な前半、アピール合戦の後半

代表初先発となった宇佐美。3点目を演出するなど存在感を示した 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 そんなイラクとの対戦は、今年2回目。前回はアジアカップのグループリーグ2戦目であった。1月16日のことだから、わずか5カ月前の話だ。しかし、本田圭佑のゴールにより1−0で勝利したブリスベンでのこの試合を記憶している人は、意外と少ないのではないか。無理もない。その後、日本は準々決勝でPK戦の末にUAEに敗れ、前監督のハビエル・アギーレは八百長疑惑により契約解除され、そしてヴァイッド・ハリルホジッチ新監督を迎えるなど、この半年足らずで代表をめぐる状況は激変したからだ。

 この日のスタメンは以下のとおり。GK川島永嗣。DFは右から酒井宏樹、吉田麻也、槙野智章、長友佑都。MFは守備的な位置に長谷部誠と柴崎岳、右に本田、左に宇佐美貴史、トップ下に香川真司。そしてワントップは岡崎慎司。宇佐美のスタメン初出場が目をひくが、おそらくこれがハリルホジッチの考える、現時点でのベストな布陣なのだろう(このメンバーについて指揮官は「今日のチームはかなりテクニックがある選手を選んだ」と語っている)。まずは得点経過を中心に、試合を振り返ることにしよう。

 日本の先制ゴールはあっけなく決まった。前半5分、ハーフライン付近からの柴崎のスルーパスに本田が反応。それほどスピードがない本田だが、タイミングよく飛び出したことで追いすがるDFを振り切り、冷静にゴール右隅に流し込んだ。その4分後には左からCKのチャンス。香川の山なりのキックに、逆サイドで待ち構えていた槙野が左足インサイドで当ててネットを揺らす。その後も日本は積極的にシュートを放ち続けるも、あと一歩のところで決めきれず。早い時間帯で2点差としたことで、次第に弛緩(しかん)した空気がスタジアムを覆うことになる。しかし前半32分、柴崎、本田、香川とパスをつないで宇佐美がドリブルで前進。相手DFを引きつけてラストパスを送り、最後は岡崎が左足で蹴り込んで3点目を決める。前半は3−0で終了。

 理想的な展開だった前半に比べると、後半はシンガポール戦に向けたアピール合戦の度合いが強くなる。後半21分、宇佐美と香川と本田に代えて、永井謙佑、武藤嘉紀、原口元気を一気に投入。さらに28分には大迫勇也(岡崎と交代)、31分にはA代表デビューとなる谷口彰悟(長谷部と交代)、40分には山口蛍(柴崎と交代)が登場。GKとDFを除くすべてのポジションで、若い選手にチャンスが与えられた。途中交代で結果を出したのは、この試合がA代表4試合目の原口。後半39分、柴崎のロングパスから相手DFがクリアしたボールを拾ってドリブルで持ち込み、そのままゴール左に突き刺す代表初ゴールを挙げた。かくして、アジアカップ4位のイラクに4−0で快勝した日本は、5日後のシンガポール戦に自信をもって臨むこととなった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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