欧州組と国内組がひとつになったイラク戦 ギャップを埋めた指揮官の2つの対策

宇都宮徹壱

最も存在感を示していた柴崎

4ゴール中3ゴールに絡んだ柴崎。攻守に躍動しチームに貢献した 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 確かに、スコアも内容もそれなりに満足できるものであった。しかし、いささか納得できない自分がいたのも事実。その原因は、日本ではなくイラクにあった。テレビ中継で連呼されていた「中東の強豪」という称号は、少なくともこの試合に関していえば、かなり「盛っている」と言わざるを得ない。監督が代わったとはいえ、先のアジアカップから大きくメンバーが変わっているわけではないのに、まるで別のチームのように感じられてならなかった。その理由について、セルマン監督の言い分をまとめると以下のようになる。

「われわれは長い旅で疲れていて、コンディションが整っていなかった。加えて、キャプテンのユーニス・マフムードをはじめ4人の選手が来日することができなかった。また今回の試合は、インドネシアとの予選の準備となるはずだったが、(FIFAの制裁により)キャンセルになったため、選手たちのモチベーションを下げてしまった」

 どれも言い訳としてはかなり苦しいような気もするが、いずれにせよ今回のイラクは「怖いイラク」ではなかったことは間違いない。それでも、日本にとっていくつかの収穫があったことは素直に喜びたい。初スタメンの宇佐美は、ゴールこそならなかったものの何度もチャンスを演出し、岡崎の3点目をアシストした。原口が代表初ゴールを挙げたのも好材料だった。だが、この試合で最も存在感を示したのが、4ゴール中3ゴールに絡んだ柴崎であったことに異論を挟む者はいないだろう。スルーパスの素晴らしさもさることながら、長谷部との息の合ったコンビネーション、そして目立たない場面でのディフェンスの貢献度も見逃せない。私たちが遠藤保仁の不在を感じなくなる日は、意外と早く訪れるのではないだろうか。

 チーム全体で見れば、ハリルホジッチが選手たちに要求していた「動きながらのワンタッチ、ツータッチ」「7〜8人での攻撃参加」「攻守におけるアグレッシブさ」といったものが、3月の試合と比べて数多く見られるようになったのは収穫だろう。キャプテンの長谷部も「ボールを取ってからワンタッチ、ツータッチで裏を狙って、というのは監督がしつこいくらい言っているので、それをみんなでやろうとしている」と語っている。オートマティズムだけでなく、もう少し選手独自の判断があってもよいとは思う。が、現時点で「指揮官の考えるサッカーを実践できている」ことは純粋に評価すべきであろう。

欧州組と国内組のギャップを埋めるために

欧州組と国内組のギャップを埋めるため、ハリルホジッチ監督(右)は選手を段階的に招集し、ピッチ外でのディスカッションを増やした 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 今回のイラク戦について、あまり語られていない重要な変化についても指摘しておきたい。それは、欧州組と国内組のギャップが、この試合ではほとんど感じられなかったことである。6月といえば、Jリーグでプレーしている選手にとってはシーズンの3分の1を終えたところだが、欧州でプレーしている選手にとってはシーズンが終わったばかり。消耗しきっている状態であり、当然ながらコンディションも万全とは言い難い。これに加えて、戦術理解度やコンビネーションといった面でも両者の間には常にギャップが生じる。それが歴代の日本代表監督の宿命的な悩みとなっていた。

 欧州組と国内組の融合は、ハリルホジッチにとっても喫緊の課題であった。そこで指揮官が導き出した答えは2つ。段階的に選手を招集すること、そしてピッチ外でのディスカッションを増やすことであった。6月1日の合宿初日に集合したのは、早めにシーズンを終えた欧州組8名(川島、吉田、酒井宏、酒井高徳、長谷部、清武弘嗣、大迫、原口)。3日目には長友と岡崎が、5日目には本田と香川が合流。そして欧州組がコンディションを整えた9日目のタイミングで、Jリーグの試合を終えた国内組の選手が加わり、追加招集の永井を含む26名がようやく一堂に会することとなった。

 今回の合宿で戦術練習が行われたのは、全員が集合した9日の練習1回のみ。オーケストラにたとえるならば、弦楽器や管楽器や打楽器のパートを各グループがそれぞれ練習し、いきなりゲネプロ(本番さながらのリハーサル)を行うようなものである。コンディションの差はなくなったとしても、戦術理解度やコンビネーションでギャップが生じることが懸念されたが、国内組はすでに5月12日と13日にミニ合宿を行っており、そこでハリルホジッチから徹底的にタクティクスをたたき込まれている(これも6月の予選から逆算したプログラムだった)。またコンビネーションについても、今回の合宿中にポジションごとのミーティングで可能な限り補完することに務めた。以下、長友の証言。

「戦術については、監督が選手1人1人がやるべきことを整理して伝えていたので、みんなで共有できていたと思います。ミーティングも毎日やっていましたね。ディフェンスだったらディフェンスだけ、中盤だったら中盤だけという感じで。僕も3〜4日の間で、監督が求めているサッカーをある程度は理解することができました」

 今回のイラク戦では、さすがにコンビネーションの部分では(特にディフェンス面で)少なからぬ課題を残していた。それでもコンディションと戦術理解度において、欧州組と国内組のギャップをほとんど感じさせず、ひとつのチームとして機能していた。これこそが、実はこの試合で最も評価すべきことであったように思える。5日後に対戦するシンガポールは、カンボジアに4−0で勝利したが、今の日本代表に不安材料はほとんど見当たらない。埼玉スタジアムでのアジア2次予選の初戦は、選手もわれわれファンも、余裕をもって迎えることができそうだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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