錦織と重なる西岡の足跡、異なる原点=全仏OPテニス・シーンの裏側

内田暁

世界が注目する若手の成長株

ATP公式サイトでも紹介された19歳の西岡良仁が全仏オープン初戦に臨んだ 【写真は共同】

「9月第1週の週末は、日本のテニス界にとって、忘れられない日になるだろう」

 昨年末、ATP公式ウェブサイトに掲載されたとある記事に、そのような言葉が記されていた。
 文章は、こう続く。

「全米オープンで、ケイ・ニシコリが初のグランドスラム決勝進出を決めたわずか数時間後、ヨシヒト・ニシオカがATPチャレンジャー初タイトルを獲得したのだから」

 日本テニス界が言及されたこの記事は、“2014年シーズンベストヤングプレーヤーズ:トップ200の10代選手”と題されたものである。西岡良仁(ヨネックス)は、日本のみならず世界のテニス界が注目する若手の成長株だ。

負けず嫌いを目いっぱいに詰め込んだファイター

錦織圭とは共通項も多く、負けず嫌いな点も似ている 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

 ATP公式サイトの記事にもあるように、錦織圭(日清食品)と西岡の符合はいくつかある。例えば今年2月、西岡はデルレイビーチ国際選手権で予選を突破し、本戦でも2つの白星をつかみとった。デルレイビーチが、錦織が18歳の時にツアー初優勝した大会であることは、今や多くの日本人が知るところだろう。

 ちなみにそのデルレイビーチでは、西岡以外にもタナシ・コキナキス(オーストラリア)とアンドレイ・ルブレフ(ロシア)という2人の10代選手が、2回戦に進出した。ATPツアー大会で、3人以上の10代選手が2回戦以上に勝ち上がったのは、実に2007年7月のインディアナポリス大会以来。8年前のインディアナポリスで躍進した10代選手たちとは、フアン・マルティン・デルポトロ(アルゼンチン)、エフゲニー・コロレフ(カザフスタン)、サム・クエリー(米国)、そして、錦織である。

 錦織と西岡はこの他にも、盛田正明テニスファンドの支援で米国のIMGアカデミーに留学した足跡や、体格のハンデを頭脳と高い戦略性で補うプレースタイルなどの共通項がある。2人とも、自己分析が「負けず嫌い」であるのも似た点だ。

 ただ両者が大きく異なるのは、錦織のテニス哲学の原点が「フォアでウイナーを奪う喜び」であるのに対し、西岡のそれは「ミスをしない」ことにある。

 西岡は170センチの小柄な体に、負けず嫌いを目いっぱいに詰め込んだファイターだ。時おりその激しさがあふれ出し、叫んだりラケットを投げてしまうのは御愛嬌。ミスが少ない選手……というと、感情を表に出さない冷静な人物像が思い描かれるかもしれないが、西岡の場合は「ミスをする自分が許せない」という激情が、安定したプレースタイルのベースにある。

トップ10相手に見せた攻める姿勢

世界4位のベルディヒ相手に多彩なプレーを見せ、地元ファンの大喝采を浴びた 【Getty Images Sport】

 その西岡は、予選を突破し出場した今回の全仏オープン初戦で、第4シードのトマシュ・ベルディヒ(チェコ)と対戦した。初の全仏にして初のトップ10ランカーとの対戦、そして戦いの舞台は第2スタジアムの“スザンヌ・ランランコート”。初物尽くしに「ちょっと舞いあがり、緊張してしまった」19歳は、第1セットは1ゲームも取れずに失った。重ねたアンフォーストエラー(自ら犯したミス)の数は、7。これは彼にしてみれば、かなり多い数字である。

 しかし第2セット以降、「場の空気や、相手の球に対しても少しずつ慣れてきた」西岡は、持ち前の粘りを発揮し、ラリー戦では互角に近い攻防を展開した。第2、第3セットとも終盤に突き放されはしたが、鮮やかなパッシングショットや小粋なドロップショットを決め、地元ファンの大喝采を浴びもした。

 この敗戦で得た手応えと課題を、西岡は「長いラリーに持ち込み、相手のミスを誘うところまでは持っていけた。それでも最終的にはエースやウイナーを取られたので、ラリーの中で、もっと自分が主導権を握れるようになりたい」と明瞭に分析する。ちなみに第2セットと第3セットでのアンフォーストエラーは、7と9。ただこれは、リスクを負って攻めたが故の結果であり、第1セットのそれとは持つ意味合いが大きく異なる。

 0−6、5−7、3−6のスコアは、数字だけ見れば完敗だろう。だが、トップ10相手に1試合の中でも見せた成長は、さらなる「日本テニス界にとって、忘れられない日」への希望を抱かせるに十分だ。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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