KOデビュー辰吉寿以輝が紡ぐ新たな物語=これがプロやで――父・丈一郎からの檄
KOデビュー後の寿以輝と父・丈一郎のツーショットにカメラのフラッシュが集中した 【写真は共同】
背中から肩の筋肉が父親似
父親・丈一郎の若いころを思い起こさせた背中から肩にかけての筋肉の付き方 【Photo:中西祐介/アフロスポーツ】
リングに上がったときには気づかなかったが、試合開始のゴングが鳴り、アマチュア経験があり、プロでも3戦のキャリア(1勝2敗)を持つ岩谷忠男(神拳阪神)に左ジャブを伸ばしたとき、背中から肩にかけての筋肉の付き方が若いころの父親に似ているのに気づいてドキッとする。
だが、当たり前の話だが、彼は辰吉丈一郎ではない。スムーズなシフトウエートから多彩なコンビネーションを美しく、強く打ちこんだ父とは違い、一発強いパンチを打つたびに微妙にバランスが崩れてしまう。拳のひきが甘く、打ち終わりにパンチをあわせられるシーンもあったが、18歳の新人ボクサーはすべてが未知のリングで、局面を一撃で打開できるパンチ力と勝負度胸を見せた。
どつき合いでのKOに「勝ったよー」
どつき合いの中、コンパクトな右で対戦者のアゴを打ち抜き、KO勝利を挙げた 【Photo:中西祐介/アフロスポーツ】
リングの上で勝利者インタビューを受ける息子が「勝ったよ〜」と家族に語りかけたとき、父はコメントを求めようとする報道陣に背を向けながら、控え室の通路を歩きまわっていた。なにを話せばいいのか、しばらく考える時間が必要だったのかもしれない。
「親バカと言われるかもしれんけど、大したものは大したもの」
今も引退を口にしていない44歳のヒーローがようやく絞り出したのは、そんな言葉だった。
父子のツーショットにフラッシュ集中
父親とはまた違う寿以輝ならではの新たな物語を紡いでいく 【Photo:中西祐介/アフロスポーツ】
97年11月22日難攻不落と思われたシリモンコン・ナコントンパークビューを激闘の末に倒して3度目の世界王座に就いたときも、大阪城ホールのリングサイドにいた。あのとき、リング上で抱き上げられていたのが、当時1歳8カ月だった寿以輝である。
まさか、息子のデビュー戦について語る彼を取材する機会があるとは思ってもみなかったが、この夜、私たちが触れたのは時の流れとともに終章を迎える物語と、全く違う筆致で序章が始まる新たな物語である。父の丈一郎氏が紡いだ天賦の才と不屈の精神の物語は彼だけのものであり、寿以輝がこれから紡いでいくのは、彼だけの物語である。
父子のツーショットが実現すると、カメラのフラッシュが集中した。「雷のようにすごいな」と、父が息子に笑いかけた。「これがプロやで」とも。その短いフレーズに、どんな真意があるのか、第三者にはわからなくても、息子には伝わったはずである。
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