日本のスポーツデータの第一人者が明かす 「スポーツデータ×ビジネスの現在地と課題」

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【データスタジアム株式会社】

 企業法務とDXの側面からスポーツビジネスをリードする稲垣弘則弁護士が、スポーツ界を牽引するトップランナーを訪ね、日本スポーツビジネスの最前線と未来についてお届けするインタビュー/対談企画。

 第1弾は、日本でスポーツデータの領域を開拓してきたデータスタジアム株式会社代表取締役会長の加藤善彦氏をお招きし、これまでのキャリアやスポーツデータの権利、スポーツベッティングについてご意見を伺った。

PROFILE
加藤 善彦(かとう よしひこ)
データスタジアム株式会社 代表取締役会長
1987年早稲田大学卒業後、(株)博報堂入社。
自動車、食品、飲料、エネルギーなどクライアント各社の企業ブランディングやマーケティング戦略策定を推進。1995年(株)博報堂スポーツマーケティング(現・博報堂DYスポーツマーケティング)に創業メンバーとして参画。1999年取締役を経て、2001年〜2008年同社代表取締役社長。2009年データスタジアム(株)代表取締役社長。2021年4月より同社代表取締役会長(現任)。主にスポーツ団体やイベント、アスリートのプロパティマネジメントを通じて新たな価値創出やビジネス創造に取り組んでいる。スポーツ庁「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」メンバーなど関連業界での活動も少なくない。

2001年、日本のスポーツデータビジネスは始まった。

まず初めに、加藤さんのこれまでのキャリアについてお聞かせください。

私のスポーツビジネスの原点は、大学3年生の時に「大学生のオリンピック」とも言われるユニバーシアード神戸大会でアルバイトをしたことです。「大学生の大会を大学生が取材を行い、記事を作る」企画を担当し、1ヶ月ほど神戸に滞在して大会の様子や街の賑わいなどを取材しました。

この経験が非常に強烈で、大学卒業後は広告会社に入社してスポーツビジネスをやりたいと思い、1987年に株式会社博報堂に入社しました。入社後は8年ほど一般企業のマーケティング支援、コミュニケーション戦略、ブランディングなどのマーケティングセクションで仕事をしました。1995年秋にグループ内の新規事業としてスポーツビジネスに関する新しい会社が立ち上がることが決まり、自ら立候補し創業メンバーとして参画。その後はJリーグやプロ野球、ラグビーなどスポーツに関する様々な仕事に取り組みました。

そして2001年にJリーグ、博報堂、イギリスのOptaの3社で共同事業体を設立して新たなデータ事業を立ち上げる話が浮上しました。2001年は日本のスポーツデータ界ではキーとなる年で、スポーツくじのtotoが始まったのです。totoの始まりと時を同じくして、サッカーの勝敗を予想し、数字で試合やプレーを楽しむ文化が広がると考え、ベーシックな公式データ(勝敗や得点数、失点数等)だけでなくより詳細なデータサービスを世の中に対して提供しようと事業をスタートしました。
 
サービス立ち上げ当初は、博報堂グループでデータに関するオペレーションを行なっていましたが、2004年にオペレーションを任せられる会社を探し、データスタジアムというスポーツデータ専門会社を見つけました。初めは業務委託契約で業務をお願いしていましたが、2006年に株式会社博報堂DYメディアパートナーズ(以降、博報堂DYMP)が一部出資、2009年に博報堂DYMPが過半の株式を取得しました。以降、データスタジアムは博報堂DYグループの専門会社として、サッカー、野球、ラグビーのデータサービスから始まり、今ではオリンピック・パラリンピック関連の競技を含む20競技以上の競技団体や興行主催者からのデータ取得や分析を手がけています。

【データスタジアム株式会社】

どのようにして、20種類以上の競技に関する競技団体や興行主催者と良好な関係を構築されてきたのでしょうか。

競技団体や興行主催者からご相談いただくケースと、自分たちからアプローチをかけるケースの2通りがあります。長いお付き合いをするためにwin-winの関係を目指し、課題解決の相談をいただいたり、提案を行うという意味で一般的なビジネスと基本的な流れは変わりませんね。

データに関する権利とスポーツベッティング

まず、加藤さんとしては、スポーツデータの権利は誰のものとお考えでしょうか。

まず、概論的な言い方になりますが、大前提として「公知」のデータについてはそれ自体に権利は発生しないものと認識しています。ただし、データを集約しストックしたデータベース、あるいはデータを閲覧用に加工・表現したもの(制作物)についてはそれ自体に著作権が生じるという考え方です。その上で、スポーツ団体や興行主催者が主催する競技大会を通じて生じるデータについては、主催者側に無断で事業化することは筋違いだと捉えており、基本的に弊社では事前に確認もしくは許諾を得るプロセスを踏むようにしています。一般論としてデータそのものに権利は発生しないものの、データ事業を進める上では隣接する選手肖像やチームの商標などとセットで使用されるケースが大半であり、それら全体として広義の権利があるものとして取り扱うという考え方を実務上採用しているということです。
 
またアスリートの肖像権など個人に属する権利は、アスリート個々人が保持しています。また、生年月日、身体データ、出身校などの個々人に関するデータは、個人情報となります。そのため、プロアマ問わずに試合や大会で、アスリート個々人のデータを第三者へ提供する際は、所属する競技団体や興行主催者がアスリートから許諾を得る必要があると考えています。


データはこれを取得したデータ会社が保有するという考え方もできると思いますが、その点についてはいかがでしょうか。

試合や興行があってはじめてデータが発生するという意味で、一義的には主催者に一定の権利が生じるという考え方は自然だと思います。ただ、一方でデータ会社がデータを取得、生成、編集する行為自体も尊重されるべきだと思っております。データ会社が事業を行うプロセスの上で生じる二次的な権利は正当に保護され、それを活用することで経済的価値が生まれるという考え方もあると思います。また、その意味において、興行主催者側とデータ事業者側との間で、データの取得目的や取得するデータ内容、活用方法を共有し、権利のありかや還元スキームについても事前に合意しておくことがとても大事なのではないかと考えます。


アメリカではスポーツベッティング(スポーツを対象とする賭け事)の合法化が進んでおり、これに伴いデータビジネスがマネタイズしていますが、どのような商流が生み出されているのでしょうか。また、合法化されていない日本ではどのような点が課題なのでしょうか。

スポーツベッティング事業においてデータ会社が生み出すことができる商流は、大まかにいうと、賭けを楽しむユーザー側へのデータ提供と、ベッティング主催者へのデータ提供の2パターンです。
日本ではスポーツベッティングが合法化されていないので、そのような商流は確立されていません。データスタジアムでは様々な競技団体や興行主催者と契約を結び、大会や競技に関するデータを取り扱っていますが、最近は競技会場などにおいて主催者に無断でデータを取得して第三者へ提供する国内外の会社や個人が増えてきています。チケットの目的外使用の問題、すなわち興行権との絡みもあり、この辺りをどう規制・整理して行くのかは業界としても課題になっています。

アスリートの個人データや生体データについてはより問題となります。例えば、以前は医者が採血や診断を行うことでしか取得できなかったアスリートの傷病データも、デジタルデバイスやアプリケーションの進化によって非接触で取れるようになるものも今後は増えていくでしょう。その時に日本のアスリートの個人データや生体データそのものが試合の予想に資するものとして取引の対象となっていく可能性も考えられます。これらはスポーツベッティング論議以前のテーマでもあるのですが。

スポーツデータの権利や商流の部分は法的に未整備な点が少なからず残っており、稲垣さんを始め弁護士の皆さんのお力もお借りしながら、早急に対応しないといけない問題だと思っています。


日本のスポーツが海外のベッティングサイトで賭けの対象になっている中で、日本のスポーツデータが無断で使用されている点について、どのような対策を取る必要があるでしょうか。

まずは海外のベッティングサイトを監視すること、加えて競技会場でのデータ送信者の監視を行うことです。実際に見聞きする話ですが、ベッティング事業での活用を目的として海外のデータ会社が競技会場にスタッフを派遣し、興行主催者に無断で観戦席からリアルタイムでスコアや出場選手などの試合経過に関するデータをスマホ等から送っている現状があります。

規定を作り、罰則を与えることも大切です。競技団体や興行主催者は、ベッティングやデータに関する規則を作って運用することを考えてもいいのではないでしょうか。最近は、競技団体や興行主催者から依頼を受けて、不正に取得されたデータがどこまで出回っているのかを調査するサポートを行うことも増えましたが、イタチごっこになっているのが実情です。興行主催者によっては、海外のデータ会社と契約し、その会社に海外のベッティング会社向けデータサービスを認めるという形もとっています。

現時点の法規制を前提とすると、スポーツデータは単体ではビジネス化することが難しい部分がありますので、そこに付帯するチーム名やロゴマークといった周辺の権利関係とともに取引を行うことでマネタイズが見えてきますし、個別の契約の中でデータの権利保護もできると思いますが、十分ではありません。繰り返しになりますが、データの権利に関する法的整備が急務です。

【データスタジアム株式会社】

日本のデータビジネスの未来とは?

今後、海外のスポーツベッティング市場にデータを提供されることは考えておられますか。もちろん、日本法上合法的なスキームを使用することを前提として。

将来的に手がけてみたいという思いはもちろんあります。5年から10年前に当社と同じような事業規模だったアメリカの会社と比較すると、現在では売上で二桁差が付くようなケースも出てきています。背景には、やはりそのような海外のデータ会社がスポーツベッティング市場に参画して成功したことがあります。海外のベッティング市場は大きいので、当社としてもチャンスがあれば参画したいというのが自然な流れではあります。

しかし、日本では依然として法整備前のタイミングですので慎重に注視しています。また、当社が主体ではなく競技団体や興行主催者ありきのものだと思っていますので、競技団体や興行主催者からの信頼が低下することがないように丁寧に進めるべきだとも考えています。


アメリカではスポーツベッティングの合法化前からファンタジースポーツが大流行し、ユーザーが分析・予想するためにデータを購入するなどの商流が生まれたわけですが、ファンタジースポーツ(*)についてはどのように見ておられますでしょうか。
*ファンタジースポーツとは、実在のスポーツ選手を一定の条件下で選定して仮想チームを編成し、当該仮想チームに所属する選手が実際の試合で残した成績を基に付与されるポイントを競うシミュレーションゲームである。

アメリカでは2000年〜2002年のタイミングで既にファンタジースポーツは盛り上がっていて、当時、日本でもサービスを展開するために社内プロジェクトを組んでソフトウェアやプラットフォームのリサーチを実施しましたが、実現には至りませんでした。その後も日本では大規模インターネット会社が野球やサッカーのファンタジーゲームサイトを運営していたこともありましたが、結果的に撤退しています。20年近くファンタジースポーツのマーケットを見ていますが、日本ではなかなかブレイクしない印象です。アメリカでファンタジースポーツが流行している主たる理由は、多額の賞金を得られるからだと認識していて、日本で同じビジネスモデルを採用するのはなかなか難しいと理解しています。


今後、日本でデータビジネスを大きくするにはファンタジースポーツの盛り上がりもポイントとなるでしょうか。

仰る通り、大きなポイントになると思っていて長年リサーチや検証を行ってきてはいますが、なかなか浸透しないジレンマを感じています。その意味でここ最近、個人的には国内のファンタジースポーツのスケール化には若干懐疑的になってきたのも事実です。賞金などインセンティブの問題もありますが、もしかすると、日本人の志向には合ってないのかなと。しかし、まだ選択肢は捨てたくないという思いもありますし、当社の若手社員たちもファンタジースポーツに大きな関心を寄せています。実際、デジタルデバイスやソフトウェアの進化によってユーザーコミュニティが成立しやすくなっている側面もありますし、メディアや若手起業家からの興味関心の高まりなど環境が整ってきた部分もあります。ファンタジースポーツが日本でブレイクすれば、データ会社のチャンスはかなり広がると思っていますので、引き続き機会として捉えていきたいと思います。

【データスタジアム株式会社】

最後にファンタジースポーツ以外で着目されているビジネスはありますか。

グラスルーツの領域でのスポーツデータやデジタル活用に注目しています。トップレベルのアスリートが活用する程の精度や深みは必ずしも必要ありませんが、育成年代の選手のパフォーマンス向上に繋がるデータ活用には需要があると思います。健康増進社会と相まってマーケットとしては大きいと捉えていますが、まだ浸透のための仕組みは整えられていない印象です。

また競技団体や興行主催者へのデータサービスは広がっていますが、アスリート個々人へのデータサービスはまだ十分に広がっていないと思います。既に多くのトップアスリートはデータを積極的に活用していますが、トップに近いアスリートやトップを目指すアスリートのデータ活用にはかなり差があるので、まだまだ普及する余地があります。また競技力向上だけでなく、データを提供することによってSNSや映像コンテンツの発信も多様化するのではないでしょうか。デジタルデバイスが浸透しているので、アスリートが使い勝手のいいデータを簡単に提供できるサービスやソフトウェアの開発ができるとファンサービスや競技理解・普及などの多くの面で可能性が広がっていきそうです。

さらには教育分野へのデータ提供もチャンスがありそうです。経済産業省が推進しているSTEAM教育でもデータ活用、デジタル活用の領域で貢献できる部分があるんじゃないかと。スポーツは子どもたちにとって非常に身近なトピックなので、スポーツを基軸にSTEAM教育の知見やノウハウを広く浸透させていくことも考えられるのではないでしょうか。

スポーツデータの提供や活用が、将来的に日本の経済や産業の発展に貢献する余地はまだまだ多分にありそうです。


インタビューアー:稲垣 弘則(いながき ひろのり)
西村あさひ法律事務所・弁護士。2007年同志社大学法学部卒業、2009年京都大学法科大学院修了、2010年弁護士登録。2017年南カリフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2017年〜2018年ロサンゼルスのSheppard, Mullin, Richter & Hampton LLP勤務。2018年〜2020年パシフィックリーグマーケティング株式会社出向、2019年〜SPORTS TECH TOKYOメンター、2020年〜INNOVATION LEAGUE ACCELERATIONメンター、2021年〜経済産業省・スポーツ庁「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」委員。スポーツビジネスにおける実務経験を活かしつつ、日本企業やスタートアップを含めたあらゆるステークホルダーに対してスポーツビジネス関連のアドバイスを提供している。


執筆協力:五勝出拳一
『アスリートと社会を紡ぐ』をミッションとしたNPO法人izm 代表理事。スポーツおよびアスリートの価値向上を目的に、コンテンツ・マーケティング支援および教育・キャリア支援の事業を展開している。2019年末に『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。

執筆協力:清野修平
新卒でJリーグクラブに入社し、広報担当として広報業務のほか、SNSやサイト運営など一部デジタルマーケティング分野を担当。現在はD2Cブランドでマーケティングディレクターを担いながら、個人でもマーケティング支援を手掛けている。
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著者プロフィール

SPORTS TECH TOKYO

スポーツテックをテーマにした世界規模のアクセラレーション・プログラム。2019年に実施した第1回には世界33カ国からスタートアップ約300社が応募。スタートアップ以外にも国内企業、スポーツチーム・競技団体、スポーツビジネス関連組織、メディアなど約200の個人・団体が参画している。事業開発のためのオープンイノベーション・プラットフォームでもある。現在、スポーツ庁と共同で「INNOVATION LEAGUE」も開催している。

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