スポーツ×弁護士の領域をリードする稲垣弘則氏に聞く 「スポーツのビジネスサイドに弁護士が必要な理由とマネタイズに向けた課題」
【西村あさひ法律事務所】
第5弾は、西村あさひ法律事務所の稲垣弘則氏をお招きし、これまでのキャリアやスポーツとの接点、スポーツ界やオープンイノベーションに対する課題意識等、アメリカでスポーツビジネスを体感し、現在は日本でスポーツ×弁護士の領域をリードしている同氏に意見を聞いた。
西村あさひ法律事務所 稲垣弘則氏 【西村あさひ法律事務所】
稲垣 弘則(いながき ひろのり)
西村あさひ法律事務所・弁護士。2009年京都大学法科大学院修了。2010年弁護士登録。2017年南カリフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018-2020年パシフィックリーグマーケティング株式会社出向。同社でのスポーツビジネスにおける実務経験を活かしつつ、スポーツビジネスに関与する日本企業やスタートアップを含めたあらゆるステークホルダーに対してアドバイスを提供している。
弁護士として、スポーツビジネスの現場に立ったワケ
私が弁護士を志したタイミングは、高校3年生くらいに将来を考えていた頃でした。父親が不動産業を営んでいるのですが、不動産業は常に交渉や契約が関わるので、訴訟が発生することも多々あります。私の父親もいくつかの訴訟を経験したそうなのですが、父親は性格上、誰とでも仲良くなる人間なので、ある訴訟で相手側の弁護士と仲良くなり、私に紹介してくれました。その方と私が話をした時に「弁護士の仕事は面白いよ」と話していただいて、興味を持ったことが直接のきっかけです。
私は高校まで真剣にサッカーに取り組んでいたのですが、あるサッカー選手が海外移籍した際に弁護士の方がサポートされていたことを知りました。当時は弁護士がスポーツに関わるイメージはそれほどありませんでしたが、この出来事をきっかけに弁護士×スポーツという分野に興味を持ち、より一層具体的に弁護士としての将来を考えるようになっていきました。
西村あさひ法律事務所に入社した後は、コーポレート・M&Aという分野を中心に扱うチームに配属されました。もちろん最初からスポーツの仕事がしたかったのですが、当時は事務所にスポーツの分野の専門家がいなかったので、ほとんどスポーツの案件がありませんでした。ですが、配属されたチームが、当時、訴訟やエンタメなど様々な分野を扱っており、私も色々な仕事を経験させてもらいました。入所から6年ほどはスポーツのことは忘れて、ひとまずは事務所にしがみつくように日々の業務に没頭していました。
その後、留学の機会があり自分の将来を思い描いた時に、やはりスポーツの仕事に弁護士として携わりたいと思い、アメリカに行ってスポーツビジネスの領域に挑戦することにしました。スポーツは事務所の新規分野でしたので、「新しい分野を開拓するには3年は必要ではないか」という先輩弁護士のアドバイスもあり、自分なりに3年間のプランを考えて上司に直談判しました。当初のプランでは、アメリカのロースクールで1年間スポーツビジネスと法を勉強した後、現地の法律事務所で研修をし、3年目はスペインとイタリアの法律事務所で研修をしようと考えていました。
スポーツビジネスの本場、アメリカへ留学していた当時の様子 【西村あさひ法律事務所】
その後ビザが切れたタイミングで日本に戻り、SPORTS TECH TOKYOのメンターをされている中村武彦さんからPLM(パシフィックリーグマーケティング)代表の根岸さんを紹介していただき、インターンの機会を頂けることになりました。PLMで数ヶ月のインターンを終えた後はまたアメリカに戻る予定でしたが、PLMでの仕事に大きなやりがいを感じ、最終的には2年間在籍させていただいた形となります。アメリカでの経験を踏まえて弁護士資格を持ちながら「内側」でスポーツビジネスに携わる経験を積みたかったので、PLMでは弁護士業務にはタッチせず、スポンサーシップの営業や新規事業開発を担当しました。
PLM(パシフィックリーグマーケティング)でスポーツビジネスの経験を詰んだ稲垣氏。 【西村あさひ法律事務所】
日本のスポーツビジネスが変わるかもしれない、と感じたSPORTS TECH TOKYOの夜明け
1つは日本のスポーツ業界が他の業界に比べて閉鎖的な部分があるからだと思います。例えばスポーツチームで働くことや競技団体の理事に就任することなどに興味を持つ方は多いと思いますが、コネクションがないと難しいですし、人的な繋がりを重視する村社会的な環境がまだあると思います。
もう1つは金銭面ですが、弁護士はそれなりの給料を期待する一方で、スポーツビジネスの知識や経験がない場合には高い給料を払ってもらってもビジネスサイドで貢献できる部分は小さい場合が多いと思われます。そのため、チームや競技団体などがそもそも限られた人件費の枠内で弁護士を雇うことは金銭的な面で難しい問題があると思います。そのような状況ですと、ビジネスサイドで働く弁護士は、給料が下がってでも貢献したいという熱意のある一握りの方になってしまい、おのずと弁護士はスポーツから遠ざかってしまいます。これはスポーツ団体が収益源をどう作るかという問題や、弁護士側もスポーツビジネスのノウハウをいかに構築して共有していくかという問題と密接に関連すると考えていて、とても課題を感じています。
現在、稲垣さんが注力されている領域はどの辺りでしょうか?
現在はスポーツDXの領域に注力しています。アメリカや欧州で非常に発展してきている領域ですが、MLBアドバンスドメディアが設立されMLBのインターネット放映権が統一的に管理されるようになったのは20年も前のことです。DXを活用したスポーツビジネスの発展が海外でどんどん進む中で、日本のスポーツ界ももちろんそれを注視しているわけですが、欧米のビジネスモデルをそのまま日本でやろうとすると、法的なハードルが高く、実現が難しい状況にあります。
スポーツベッティングは刑法上の賭博罪に該当しますし、ファンタジースポーツも賭博罪のリスクを避けるにはビジネスモデルを工夫する必要があります。最近非常に話題になってるスポーツトークンやNFTの分野は資金決済法や金融商品取引法などのハードルが依然としてあります。そのため、欧米のビジネスモデルを日本型に変えていくアプローチも考えられますが、「アメリカのビジネスモデルを日本でそのまま試してみる」ことも必要で、そのためには、法律そのものを変えることは難しくても、DXの時代に適合した法的な解釈を示していくことをトライすることが必要であると考えています。
稲垣さんがSPORTS TECH TOKYOに参画したきっかけと、INNOVATION LEAGUEにも繋がるこの3~4年間の取り組みをどのように捉えていらっしゃいますか?
当時、SPORTS TECH TOKYOの立ち上げメンバーの方に米国留学時の話をしたのですが、私のように泥臭くネットワークを広げてチャレンジをしている弁護士はなかなかいなかったので、その存在を珍しがってもらえたことがSPORTS TECH TOKYOに関わるきっかけになりました。スポーツに対する熱意を感じてもらえた点も大きかったのかなと思います。
私はメンターとしてプロジェクトに関わらせていただいていますが、最初のカンファレンスで沢山の海外のスタートアップ、テクノロジー系の企業の方が日本のスポーツ団体の方々とミーティングをしている風景を見て、本当に画期的でとてつもない可能性を感じ、この場所を起点にスポーツ業界は変わるかもしれないなと衝撃を受けました。そこからコロナになってフィジカルでの開催が難しくなりましたが、INNOVATION LEAGUEの取り組みを通じて特定のスポーツ団体と日本のスタートアップ企業をつなげ、まずは局所的にイノベーションを作っていくことにトライされていて、日々進化されていることを肌で感じます。
SPORTS TECH TOKYOのトークセッションに登壇する稲垣氏 【西村あさひ法律事務所】
法的なリスクを乗り越え、新しいビジネスモデルの創出に伴走したい
新しい領域やビジネスモデルにチャレンジする時には、必ずと言っていいほど法的な問題が生じます。スポーツ業界の方とテクノロジー系スタートアップ企業の方がビジネスを始める際には、ただでさえ複雑な法的問題が発生しがちなテクノロジーの領域と、独特の業界慣行が存在するスポーツの領域が掛け合わされる結果、法的な部分の抜け漏れが多くなりがちです。そういった法的リスクを洗って把握してもらうとともに、リスクがあったとしてそのリスクをどうすれば乗り越えていけるのかを一緒に考えていきたいと思っています。イノベーションを前に進めるためのアドバイスを、リーガルの側面から行っていきたいです。
昨年度のバレーボール協会や3x3.EXE PREMIERとの取り組みに関しては、どんな感想をお持ちですか?
昨年度はスポーツベッティングや自由視点映像など、コロナ禍だからこそニーズが一層高まる領域のイノベーションに可能性を感じました。コロナ禍に関しては、通常時では停滞していた論点や課題を浮き彫りにし、従来のビジネスモデルに捉われない新しい取り組みを生み出そうという力が働いた点はポジティブだったと思います。
昨年度のINNOVATION LEAGUEをきっかけに自由視点映像「Swipe Video(スワイプビデオ)」とバレーボール協会の共創機会が生まれた 【INNOVATION LEAGUE】
フェンシング協会とジャパンサイクルリーグには、アスリート層以外に伝わりにくいという点に共通の課題があると伺っています。ライト層向けには、家で過ごしている時間に競技をどう楽しんでもらえるかという点が一つのポイントになるのかなと思います。コロナ禍になった当初はまだPLMに出向中でしたが、試合が無観客になる中で、家にいながらいかにテクノロジーを使って球場にいるかのような臨場感をもって試合を楽しんでもらうかという観点からの施策を当時考えていました。フェンシング協会とジャパンサイクルリーグが持つ課題に対しても、共通する解決方法があると思います。
今年のINNOVATION LEAGUEでは、どんな企業がフェンシング協会とジャパンサイクルリーグとコラボレーションすると良い相乗効果があると思われますか?
フェンシングについては剣の動きをもう少しわかりやすくできると、見ている人はもっと楽しめるようになると思っていましたが、その視聴体験を実は東京オリンピックで実現させようとしていたという話を太田元会長がTwitterで投稿されていて、まだまだ競技の見せ方の部分には伸び代があると感じました。ですので、新しい視聴体験を導入してくれるようなスタートアップ企業はかなりフィットするのではないでしょうか。両スポーツ団体に共通して、私自身の希望としては、欧米のファンタジースポーツのような、課金ビジネスに繋がるゲーム性のある新しいサービスが生まれていくといいなと感じています。
マネタイズなくして、競技力向上は難しい
最近冬季スポーツのスケルトンの選手に話を聞く機会があったのですが、彼らのオリンピック代表選考においては第一ステップの夏の体力測定が非常に重視されており、第二ステップに進んで冬の滑走で評価をしてもらえる選手はほんの一握りということのようです。選手からは、冬の滑走には遠征が必要となるため、競技団体側で遠征費が捻出できないという点が背景にあるのではないか、という話もありました。資金がなくては十分な強化も実現することができないと思いますので、競技団体側の資金不足という事情がもしあるのであれば、これを解決する手段を模索する必要があると感じました。
例えばファンタジースポーツのような予想系のビジネスや新しい視聴体験の提供などの新たな形でのマネタイズが実現することによって競技力向上のお金を捻出することが可能な部分もあると思います。競技団体がマネタイズから逃げずに向き合っていくことは、強化側の視点からすると直ちに競技力向上という成果には繋がらず回り道のように感じられるかもしれませんが、最終的なゴールに到達するためには必要不可欠なのではないかと思います。
稲垣さんの今後のビジョンを教えてください。
弁護士などの専門家が、スポーツビジネスの外側のアドバイザーとしてだけではなく、内側のビジネスサイドで働く機会がもっと増えればいいなと考えています。そのためにも、まずはスポーツ団体側が稼げるようになる手段を生み出すことが必要だと思っていて、それと並行して弁護士や公認会計士、税理士でスポーツに興味をもっている方々がスポーツビジネスに関する知識やノウハウを得て、いざスポーツ団体で働いた際に即戦力になる仕組みがあることが理想的だと考えています。今後は、スポーツビジネスに興味を持たれている専門家の方々に、微々たるものではありますがこれまで得てきたスポーツビジネスの知識やコネクションを提供しながら、もっとスポーツ全体に専門家を増やしていくような活動ができればいいなと思っています。
SPORTS TECH TOKYOやINNOVATION LEAGUEが次のステージに進むために必要なステップは何だと思いますか?
期待も込めて、やはり市場規模の大きいメジャースポーツとも協業していただきたいと思います。市場の変節点を作れるような取り組みをしていただきたいと思っていて、そこに私も貢献していきたいです。具体的には、日本のプロスポーツと言えばやっぱり野球ですし、同時にテクノロジーを導入することで伸び代があるのも野球だと思いますので、プロ野球との取り組みが実現できると日本のスポーツ市場全体が大きく拡大するきっかけになると思います。INNOVATION LEAGUEやSPORTS TECH TOKYOのビジョンはとても素晴らしいと思いますので、その点がうまくプロ野球にも伝わると良いなと思っています。
現在INNOVATION LEAGUEでは、スポーツやスポーツビジネスにイノベーションを生み出している取り組み、スポーツを活用してビジネスにイノベーションを生み出している取り組み、またスポーツが持つ「産業拡張力」を強く感じさせる事例を表彰する「INNOVATION LEAGUE コンテスト」を実施中!スポーツの可能性を広げる取り組みを、ぜひご応募ください。
https://innovation-league.sportstech.tokyo/contest/index.html#update
執筆協力:五勝出拳一
『アスリートと社会を紡ぐ』をミッションとしたNPO法人izm 代表理事。スポーツおよびアスリートの価値向上を目的に、コンテンツ・マーケティング支援および教育・キャリア支援の事業を展開している。2019年末に『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。
執筆協力:大金拳一郎
フリーランスのフォトグラファーとしてスポーツを中心に撮影。競技を問わず様々なシーンを追いかけている。その傍ら執筆活動も行なっており、スポーツの魅力と美しさを伝えるために活動をしている。
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