「スポーツ業界は前に進むために、儲けなくてはいけない。」 Scrum Ventures 創業者 宮田拓弥氏に聞くスポーツ市場の今後。
【SPORT TECH TOKYO】
第2弾は、Scrum Ventures 創業者兼ジェネラル・パートナーの宮田拓弥氏をお招きし、これまでのキャリアやスポーツとの接点を始め、サンフランシスコ在住で国内外数多のスタートアップの成長を見つめる同氏に、スポーツ市場の可能性やオープンイノベーションの課題意識と意義について訊ねた。
Scrum Ventures 創業者兼ジェネラル・パートナーの宮田拓弥氏 【Scrum Ventures 】
宮田 拓弥(みやた たくや)
EDS(現HP)のシステムエンジニアなどを経て、2002年南カリフォルニア大学発のベンチャー企業ニブンビジョンの創業に参画、日本法人代表取締役社長就任。同社はグーグルに買収されてイグジット。同年10月にジェイマジック設立。画像解析技術などを利用して、モバイルに特化したサービスを展開。09年同社のイグジットの後、ミクシィに入社。その後、アライアンス担当役員、アメリカ法人のCEOを務める。個人としてのエンジェル投資を続けた後、13年スクラムベンチャーズ創業。早稲田大学大学院理工学研究科薄膜材料工学修了。
2017年、テクノロジーでスポーツが進化すると確信した瞬間
「2013年からシリコンバレーでScrum Venturesという投資ファンドをやっていて、アメリカのスタートアップをメインに現在80社ほど投資をしています。日本でも4年前から投資を始め、現在投資先は11社です。日本だとAIスタートアップ企業のエクサウィザーズやスマートロックのフォトシンス、最近話題になってるところではシェアリングスクーターのLUUPへ投資をしています。」
宮田さんがスポーツと接点を持ったきっかけは何でしたか。
「大きく2つきっかけがありました。まず1つ目は2016〜17年ぐらいからバーチャルリアリティ(VR)の技術が発展したことでスポーツの観戦体験の進化に期待が集まるようになり、僕自身もスポーツに関連するVRの会社に何社か投資をしたことがきっかけです。
もう1つはSPORTS TECH TOKYOの立ち上げに繋がる出来事で、2017年にAmazonが主催した『AWS re:invent 2017』というカンファレンスでAmazonとNFLの提携が発表され、その内容が素晴らしかったことです。具体的に言うと、まずアメリカのNFLやMLBは選手のデータがリアルタイムで出てくるんですね。2017〜18年からAIが導入され始め、例えば大谷選手がボールを打った瞬間のスピードや距離、さまざまなスタッツが詳細に分かるようになっています。
そうすると、選手がどのように動いているかがデータで分かるようになり、AIに蓄積されることで様々なプレー予測が可能になります。勿論、これまでも試合分析は行われてきましたが、AIが大量のデータを集めて分析を行うようになったことで、選手や指導者よりも、システムの方が既に賢くなっているんです。誰がどのぐらいのスピードで走ってるか、投げているかがすぐに数字で分かるようになったことで、観戦体験の拡張以上に、この予測の部分に未来を感じました。
アメリカではスポーツベッティングが流行していますが、どちらが勝つかということはスポーツにとって大事なテーマで、それがデータを活用することで予測できるようになる。特にアメリカンフットボールはフォーメーションがプレー毎に決まっていて、誰がどう動いてどう走って、何通りかの投げ方の中から右か左に投げるのか、どれが成功確率が高いかが、角度や距離によってデータとして予測することができる。AmazonがNFLと取り組んでいる内容を見て、これはほぼゲームのような世界になってきているなと感じ、スポーツがテクノロジーで進化できることを確信しました。
この約5年間でアメリカのスポーツは劇的に進化しており、Amazonのライバル企業であるGoogleはMLBと提携を始めていて、今の中継を見ているとどんどんGoogleのデータとロゴが出てきます。元はと言えばAmazonがやってきたことを踏襲しているわけですが、スポーツがテクノロジーで進化するためには、全選手がセンサーを付けてリアルタイムでデータが貯まるシステムを構築することが最大の肝だと思っています。」
スポーツ市場の可能性、オープンイノベーションの課題意識と意義について宮田氏よりお話いただいた。 【INNOVATION LEAGUE】
スポーツビジネスの稼ぎ方は、まだまだ拡張性がある。
「お金の稼ぎ方という部分で、日本でも野球やサッカー、バスケットボールなどのスポーツチーム経営に参加している新しい企業や経営者が増えてきていますよね。楽天やDeNAなどITの会社がスポーツのビジネスモデルを丁寧に作り直すことで、成功事例となっています。チケット収入だけで利益を得るのではなく、来場している方々へ向けた物販の促進や体験価値の向上を図ることで、あれだけの成長度を見せている。今後もビジネスモデルは進化していくので、投げ銭やベッティング含め、テクノロジー進化とともにビジネスモデルの変革ができると、よりスポーツはより面白くなるし市場も大きくなると思います。」
スポーツをハブとした周辺領域だと、今後はどの辺りが投資対象になっていくと思われますか?
「1つはプロスポーツビジネスの進化で、フォーマットや視聴体験、ビジネスモデルの変革がより進むだろうということが挙げられます。
更に、最近盛り上がっているNFTやトークンの領域も注目です。僕らの世代ではベースボールチップスが大人気でしたが、今後はデジタルデータ化されてNFTで販売・流通することになっていきます。
どのような形でNFTが定着するのかは未知数ですが、王貞治さんが800号ホームランを打った当時に、その映像がデジタルデータで販売化されていたとしたら、数億円で売れていたかもしれない。アメリカの投資先では、販売されているNFTをホログラム化できるサービスを展開しているスタートアップもあります。例えば大谷選手が10勝した時に、デジタルデータ化されたその映像や写真を購入すれば、ホログラムとして家に設置できるようになるんです。
もう1つはスポーツの民主化です。選手とファンの距離がどんどん近くなってきていて、今ではSNSでお互いにやり取りをすることもできるし、YouTubeライブなどで選手と絡むことも一般化し始めています。情報流通やビジネスモデルの変革に伴って、プロとアマチュアの境界線が曖昧になってきていると感じました。
僕が学生時代にやっていた高校ラグビーでさえ、その周辺には熱烈なファンがいて、ご父兄やOBの方の中には、お金を払いたくて仕方がない人が山程います。アメリカはカレッジスポーツが大きなビジネスになっていますが、フォーマットやビジネスモデルを柔軟に変更することで、日本でもマイナースポーツやカレッジスポーツももっと稼げるポテンシャルがあると思いますし、オンラインで良質な体験を提供することができれば人数は少なくてもお金を沢山払ってくれる人もいるかもしれない。スポーツの稼ぎ方は、まだまだ拡張性があると思います。」
アクセラレーションを起点に、大きなうねりを生み出したい。
アクセラレーションプログラムの参加企業を募集(2021年9月21日締切り)。今後審査フェーズに移行していく。 【INNOVATION LEAGUE】
「スポーツのトレーニングほど地道ではないものの、イノベーションもすぐに結果が出るものではありません。スポーツもイノベーションもやはり継続していくことが重要で、2017年にAmazonが発表した内容も、4年後の2021年には明らかに面白くなっているんです。
例えばeスポーツも10年前はまだまだ半信半疑だったものが、今やeスポーツで大学に入れたり、オリンピックの正式種目になっていくのではないかという動きもあるように、スポーツとして認められ始めています。
時間の経過とともに間違いなく新しい領域・市場は出てくるので、SPORTS TECH TOKYOおよびINNOVATION LEAGUEも、実りある活動を継続することで大きなうねりになっていくのではないかと思います。」
INNOVATION LEAGUEに宮田さんが期待されていることは?
「スポーツ庁がINNOVATION LEAGUEのコンセプトとして提示した『スポーツの定義を拡張して、チケットやメディア含めた周辺のスポーツビジネスを大きくしていこう』という部分に共感しています。スポーツ庁が主導する形でINNOVATION LEAGUEのようなキャッチーな取り組みが始まったこと自体が素晴らしいですし、スタートアップとスポーツ団体が生み出す事業共創に期待しています。」
アクセラレーションの現状と課題についてはどんな印象をお持ちですか?
「昨年のINNOVATION LEAGUEの成果を見て、一過性のお祭りではなく結果を出すことにかなり拘っていると感じました。この企業や技術が面白い、ということで終わらせずに、実際の3x3とバレーボールの試合で新しい技術が導入されてフィードバックが得られたことは非常に良かったと思います。
次に目指したいのは、インパクトあるメジャースポーツとの取組みと、目に見える成果です。アメリカで最も人気のあるスポーツのNFLとAmazonが協業してスポーツ×テクノロジーの領域が面白いことを証明したように、サッカー・野球・バスケットボール等のメジャースポーツに新しいテクノロジーやフォーマットが導入されて成果が証明できれば、アクセラレーションを起点により大きなうねりが生まれるのではないでしょうか。」
今回参画しているフェンシング協会とジャパンサイクルリーグについては、どんな印象をお持ちでしょうか?
「スポーツは常に変化していて、僕がやっていた当時のラグビーと現在のラグビーは全然違うスポーツになっているんです。2019年のワールドカップが成功した背景にはルール改正があり、観客・メディア向けに大きくカスタマイズされました。昔はファールだったプレーも、ルール変更に伴ってプレーオンになっていたり、現在のラグビーは試合のテンポが早く、見る側が飽きないフォーマットになっています。
この例をフェンシングに置き換えると、観客・メディア向けに競技が作られていない点に伸びしろを感じています。ルールやフォーマットを大きく変更することができれば、エンターテイメントとしてまだまだ面白くなる可能性を秘めていると思うし、例えば視聴者側に立つとフェンシングのマスクも選手の顔が見えたり、もっと奇抜なものでも良いと思います。マイナースポーツであればある程、フォーマットを劇的に変えることに加えて、テクノロジーを活用していく方向に進んでいくと面白いのではないでしょうか。」
【SPORTS TECH TOKYO】
スポーツビジネス変革のキーワードは“体験”。
「ちょうど先週、僕たちがスポーツに関わるきっかけにもなったVRの領域で、FacebookがRay-Banと協業して『Ray-Ban Stories』というスマートグラスを発表しました。過去は全米オープンをテレビで見ることが通常フォーマットでしたが、現在ではインターネット配信となり、近い将来では3人称のバードビューではなく1人称のプレイヤービューで試合が見られる日が来ると考えています。スマートフォンからバーチャルリアリティー、Ray-Ban Storiesのようなスマートグラス、AR、VRなど視聴体験を拡張できるテクノロジーの部分を追求してきたいと考えています。
これまで出会えなかった人と出会えたり、話せすことができなかったようなスポーツ選手ともメディアを通して繋がることができるようになってきたりと、今の変革期は大きなチャンスだと感じます。キーワードは“体験”ですね。」
今後、どんな企業群がスポーツと接点を持つと良いと思われますか?
「アメリカではAmazonやGoogle、日本ではメルカリや楽天のようなテクノロジー企業がスポーツに進出しているという点は非常に面白いと思います。それに伴って今後5年10年で、スポーツのフォーマットはどんどん変わっていくはずです。
東京オリンピックではスケートボードが注目を集めましたが、対戦型のスポーツを見てきた世代の人がスケートボードのフォーマットを見たら『何を評価しているんだ、これはスポーツなのか?』と思ったはずです。ライバル同士のはずなのに、試合中に選手同士が仲良くしているようなシーンは、固定概念にあるスポーツの中ではあまり見られなかった姿でした。
今後は良い意味で既存のフォーマットを更新できるような人たちや、スタートアップ企業、テクノロジー企業がスポーツ界の新しいフィールドを切り開いていくのではないかと思います。」
最後に、SPORTS TECH TOKYOやINNOVATION LEAGUEの課題についてどのように思われますか。
「言葉を選ばずに言うと、やっぱりお金を儲けることですね。お金が儲かるようになると、より加速度的にスポーツ業界が前に進むと思います。
昔はスポーツ事業単体で儲かることが難しい部分もありましたが、現在はスポーツそれ自体を儲けさせるプレイヤーが増えて盛り上がってきていると感じます。さらにもう一段ステップアップするために、スポーツ庁およびINNOVATION LEAGUEが主導する形で、今回のフェンシング協会やジャパンサイクルリーグ、昨年の3x3等と手を組み、スポーツビジネスの変革を進めて行きたいところです。
オリンピックを見たときに『スポーツ最高!』となるわけですが、その反面、オリンピックに出場した選手が半年後にアルバイトをして活動費を捻出しているような状況も事実あります。あれだけ美しく、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれる選手には多かれ少なかれ必ずファンがいるので、そこをしっかり接合してお金を払う仕組みが作れたら選手はハッピーだし、もちろん見る側も選手を応援することができてハッピー。運営する側も儲かり、新しい事業者も入ってくる。スポーツ業界は儲けなくてはいけないんです。
日本のスポーツ界では禁句のような”儲ける”という言葉ですが、これからもスポーツが発展し続けていくためには、そのマインドを脱却する必要があります。」
執筆協力:五勝出拳一
『アスリートと社会を紡ぐ』をミッションとしたNPO法人izm 代表理事。スポーツおよびアスリートの価値向上を目的に、コンテンツ・マーケティング支援および教育・キャリア支援の事業を展開している。2019年末に『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。
執筆協力:大金拳一郎
フリーランスのフォトグラファーとしてスポーツを中心に撮影。競技を問わず様々なシーンを追いかけている。その傍ら執筆活動も行なっており、スポーツの魅力と美しさを伝えるために活動をしている。
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