マリーンズ広報のよもやま話 第19話(今岡真訪二軍監督編)

千葉ロッテマリーンズ
チーム・協会

【千葉ロッテマリーンズ今岡二軍監督と梶原広報メディア室長】

 最近、縁に関するコラムを連続して書いた。そこで今回は私の縁に関する話をしようと思う。真っ先に思いつくのは千葉ロッテマリーンズで二軍監督を務める今岡真訪さんとのご縁だ。私は元々、大阪でスポーツ新聞の記者を務めていた。1年目、最初に著名入りの記事を書いたのが当時、阪神タイガースの主力選手だった今岡さんに関する内容だった。行数にして40行。約500字ほどの原稿をナイターの試合後の締め切りまで30分という時間で新米の記者である私は書いた。場所は大阪ドーム(現京セラドーム大阪)。相手チームはたぶん中日ドラゴンズ。今岡さんはチャンスで中前適時打を放ち、試合を決定づけたことに関する内容だった。

 どんなことを書いたかはほとんど覚えていないが今岡さんはボールに逆らわずに打ち返し、打球は綺麗にセンターへと抜けて行ったことは鮮明に覚えている。その想いを今岡さんがセンター返しを打っているような気持ちになりながら書いた(基本的に私は誰かについての記事を書く時はその人になりきって書く。それは22歳の時から変わらぬやり方のようだ)。そんな新米のつたない記事を会社に送る前にチェックをしてくれたのが当時阪神タイガース担当サブキャップの渋谷真さん(後に中日スポーツに移籍)。クールで少し強面の大先輩だっただけに、どれくらい修正が入るか、もしくは「書き直せ」とパソコンを返されることも覚悟しながら原稿を読む先輩の背中を姿勢を正して見つめた。「うん、いいんじゃない」。褒められはしなかったが修正を求められることもなかった。そして翌朝の朝刊にはしっかりと自分が書いた文章が載り、原稿を書いた記者である私の名前も載っていた。今も忘れられない自分の原点である。

 プロ野球の世界に携わるようになって今年で21年目。しかし私はもう新聞記者をしていない。04年にひょんなことから千葉ロッテマリーンズに「広報をしてみませんか?」と誘われ、今に至る。そして最初に文章にした阪神タイガースのスーパースターもまた2010年に千葉ロッテマリーンズに移籍してきてその年の日本一に貢献し今は二軍監督をしている。私はこれは縁だと思っている。今岡さんとはなにか強い縁で結ばれているのだろう。思えば千葉ロッテマリーンズ入りが決まって辞表を提出してすぐに新婚旅行に行った。行先はハワイ。辞める前から決めていたスケジュールだったし、まさか辞めるとは思っていなかったので転職先の千葉ロッテマリーンズには「予定通り1月はハワイに行かせてもらいます。入社は2月からでお願いします」と事前にお願いをしていた。オアフ島では今岡さんが自主トレをしていた。もう阪神タイガース担当の記者ではないのだから会うこともないと思っていたが泊まっていたホテルが同じ敷地内だったこともあり、ビーチで遭遇し写真を撮らせてもらっている。そして今に至る。やっぱり人生には不思議な縁がある。絶対にある。だから、これからもそんな人の縁を野球ファンの皆様に紹介をしていきたいと思っている。

文・千葉ロッテマリーンズ広報メディア室 梶原 紀章(かじわら・のりあき)

 1976年8月18日生まれ、大阪府吹田市出身。東京都私立郁文館高校〜関西大学。99年に産経新聞社に入社後、サンケイスポーツ運動部に配属し、00年にオリックス担当、01年から04年まで阪神担当。05年に千葉ロッテマリーンズに入団し主に広報業務を担う。11年にはチケット営業を経験。現在は広報メディア室室長
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