“得点を数えない”異色のサッカー指導の理由 優先すべきは「子どもたちの成長のペース」
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小学生は「勝負」よりも「楽しむ」が大事
村中 今日もっとも衝撃的だったのが、ゲーム形式の中で誰も得点を数えていなかったことです。得点板みたいなものもどこにも置いていなかったですよね。だから、仮に0対10で負けていたとしても、1点取ることができれば、子どもたちはその1点を喜ぶことができる。指導者が勝ち負けにこだわっていると、子どもたちもその影響を当然受けるので、勝因や敗因を振り返ることがどうしても増えていくのではないでしょうか。こうしたことの積み重ねが、「勝利至上主義」につながっていくものだと思います。
池上 この間、とても印象的なことがありました。5人対5人で交流戦をしたときに、0対3で負けている展開にもかかわらず、小学2年生の子がゴールを入れたあとに「やった! 逆転!」と喜んでいたんです。逆転はしていないんですけどね(笑)。勝敗ではなく、いいプレーができたから喜べる。子どもの頃は、サッカーを楽しむことが一番大事だと思っているので、嬉しい瞬間でした。
村中 池上さんの練習を見ていると、そういう子が育つのがわかります。今日の練習後、子どもたちの振り返りを少し聞かせてもらいましたが、自分が関わったいいプレーについて楽しそうに話していました。
――「ゴール4つ」も「点数を数えない」も、オリジナルの仕組みですね。
村中 中学生の練習では、「全員がワンタッチしてからでなければ、シュートは決められない」など、また面白いルールを取り入れていましたね。こうなると子どもたち自身で、どうすればパスがうまくつなげるかを考えるようになるはずです。実際に、中学生は仲間同士でよく喋っていました。学校でもスポーツの世界でも同じですが、子どもたちの主体性や創意工夫を大事にしている場では、大人が大きな声で指示を出すよりも、子ども同士で喋る声がよく聞こえてくる。池上さんのチームはまさにそうでした。
池上 ありがとうございます。うちの事情をお話しすると、試合にも出場するチームの子と、練習だけに参加するスクールの子が、同じ時間に混ざって練習をしています。その中で何を育てるかを考えたときに、サッカーを楽しむことが大前提にあり、そのうえでチームが勝つことよりも、個を育てていきたい。勝ち負けを意識するのは、中学生の後半ぐらいからで十分だと思っています。
――小学生で勝ちにこだわりすぎる弊害はありますか。
池上 勝ちを求められすぎて、気持ち的に苦しくなる小学生を見てきました。楽しさにも段階があり、小学生では仲間とサッカーができる喜び、中学生ではサッカーがうまくなること、高校生になる頃に勝つことに喜びを感じてくれたらいいかなと思っています。
――「個を育てる」という中で、具体的なポイントはありますか。
池上 練習に来たときに必ず、チームのフィロソフィー(哲学)やゲームモデルを確認するようにしています。すべての取り組みは、ここにつながるようにと考えています(以下、参照)。
【Philosophy】
・良きプレーヤーになること、それはサッカーを楽しむことです。
・良きプレーヤーはコーチの話を注意深く聞き、それをやろうと努力します。
・I.K.OアカデミーFC は他の人のために働くことの意味がわかり、他の人たちにとって価値のある存在になることです。
【ゲームモデル】
・ボールを失わずにゲームを支配する
・リズム良く、創造性、楽しさ、そしてアグレッシブに
・ゲームを読み、そして認識する(素晴らしい感覚を持つ)
・ボールを持ったらまず遠くを見る(仲間を探す)
・ポジションのバランスを常に考える
・コンビネーションプレーのために三角形を作る
・攻守の切り替えを速くし、最後まであきらめない。
何をもって「成果」と考えるのか
池上 プレーを止めて、その場で説明しても、すぐにできるようにはならないですからね。それに、サッカーは常にボールが動いていて、ものすごく複雑なところがあります。たとえば、右にパスを出したから、それが絶対にダメということはありません。
――「正解はひとつではない」と考えることができそうですね。練習中、池上さんが「惜しい!」と言っているシーンが何度かありました。
池上 スポーツの世界から「失敗」という概念をなくしたいと考えています。「ナイスチャレンジ!」「惜しい!」でいいじゃないですか。子どもたちはわざとミスをしているのでなく、「こういうプレーがやりたい!」とトライしているわけですから。今はまだできないプレーであっても、いつか技術が身についたときにできるようになるかもしれません。小学生のうちに養っておきたいのは、自分自身で気付いて、考えて、行動することです。その考えを広げるような声かけはしています。たとえば、相手のマークがついてパスがもらえない子に対して、「今の状況でパスをもらおうとしたら、どうする?」と問いかける。このとき、「右に動けば、パスをもらえるでしょう」と指導者が言ってしまうと、子どもたちは自分で考えなくなってしまいます。
村中 池上さんの話から感じるのは、「何をもって成果と考えるかで、指導方法は変わっていく」ということです。たとえば、「右に動いて、そこにパスをして、この方向にシュートを打てば、ゴールが決まるだろ」と教えたがる人は、「成果=自分の指導によって技術が身につくこと」だと考えているわけです。一方で、池上さんのような指導者は、「成果=自分(選手自身)で考える力が身につくこと」だと考えていると思います。指導者に言われたことをやっているだけでは、考える力はなかなか身についていかないでしょう。
――非常にわかりやすいですね。叱る系の指導者の成果は、「自分の教えによって勝利を得る」という考えが多いかもしれません。
村中 もっとはっきり言うと、「自分の思い通りに子どもが動くことで、勝利を得る」。だから、その道から外れた行動を取ると、どうしても叱りたくなってしまうのです。
池上 わかりやすく言えば、「おれの言うことを聞け!」。それによって勝ったときには、「ほら見ろ、おれの言った通りにやったら勝てただろう」って。指導者はついつい、「こうやってやればうまくなる。だから、やりなさい」と指示を出したくなるものです。でも、はたして本当にそうなのか。別のやり方のほうがうまくいくこともたくさんある。私としては、「こういう考え方もあるよ」となるべく多くの選択肢を提示したいと考えています。