「知られざる欧州組」の現在地

増えつつある高卒即ヨーロッパ行きの是非を問う…その背景に存在するもっと大きな問題とは?

YOJI-GEN

10代の選手が金の卵だという認識が希薄

田中聡(現広島)をはじめアカデミーから好タレントを輩出する湘南は、阪南大高出身の鈴木彰斗(左)や履正社高出身の平岡大陽(右)ら高卒選手も獲得して育てている 【Photo by Etsuo Hara/ Masashi Hara/Getty Images】

――J1の中堅クラブやJ2のクラブこそ、高卒選手を育てて売ればいいのに、と思います。

 J1の中堅クラブでそれをしっかりやっているのは湘南ベルマーレくらいじゃないですか。ベルマーレは毎年のように、アカデミーからの昇格選手だけでなく高卒の選手も獲得して、しかもしっかり育てて試合で使っていますよね。

 そう言えば、先日の高校選手権決勝の会場で、あるJ1クラブでスカウトを任されている人に会ったんです。その人が選手権に来るのは珍しいので、「どうしたんですか?」と聞いたら、「今度U-21チームを作るから、高校生を獲得しなきゃいけなくて見に来た」と言うんです。そのスカウト担当者はまったく悪くないですよ。でもそれって、本末転倒ではありますよね(苦笑)。

 選手を育てようと計画されるU-21リーグを「成り立たせる」ために選手を勧誘したり、ユースから実力不足の選手を多めに昇格させたりすることが、本当に良いことなのかは大いに疑問が残ります。もちろん、それによって発掘されて大成する選手も中にはいると思いますが。

――U-21チームを運営するための数合わせ要員としてJクラブに行くくらいなら、イチかバチか、ヨーロッパにチャレンジした方がいいですね。

 そこは一概に言えないと思いますが、選手側はU-21リーグができることで“そうしたオファー”が来るかもしれない、ということを分かっておいた方がいいでしょうね。それでも挑戦して「這い上がってやるぜ」というなら、それも良いと思います。

 そもそもスカウトに対する評価基準が、多くのJクラブでズレている感覚もあります。競合した中で獲得してこそスカウトの手柄という意識なんですよね。完成された選手に対するスカウト合戦であればそれは妥当なんですが、若手は違うじゃないですか。ひとりの選手にいろんな有力クラブのスカウトが群がるようなことが促されている部分がある。

 逆に、誰も注目していないような逸材を見つけてきても、上から「なんでそんな選手、獲るの? 代表歴もないの?」と言われてしまう。すごくいびつなんです。でも、J1を戦うベルマーレで活躍している高卒選手が、そういうタレントばかりだったりするわけで……。

――すごくプロ野球的ですね。プロ野球は育てて売るという仕組みじゃないから、競合を制すことがスカウトの腕の見せどころだけど、サッカーの世界はそうじゃないですからね。

 まさにその通りで、ヨーロッパのクラブには総じて「しっかり育てて売る」というマインドがある。シュツットガルトにしても、チェイス・アンリを見つけてきて、しっかり育てて戦力にするだけでなく、将来的にメガクラブに高く売りたい、という思惑がある。つまり、アンリは金の卵なわけです。だから、アンリが壁にぶつかっていると感じれば、「どうした? 大丈夫か? 個人練習をしたいなら付き合うぞ」ということにもなる。コーチ個人の思いで付き合うのではなく、クラブとしてケアするわけです。でも、Jクラブはそういう意識が希薄なチームが多いですよね。

 シュツットガルトの関係者と話していて感じたのは、「ネクスト」を意識しているということ。アンリが大成したら、「シュツットガルト、いいな」と日本の高校生が思って、シュツットガルトにいい日本人選手が入る可能性がある。そういう意識が今のJクラブには希薄だと感じます。

 それは10年、20年単位で物事を考えるような人がJクラブにいない、ということもあるでしょう。「移籍したいなら選手がオファーを引っ張ってこい。実際にオファーが届いたら判断するから」という“待ちのマインド”のクラブが多い気がします。そうではなくて、クラブと選手が共同で良いオファーを引っ張ってきて、クラブもしっかりお金を得ないと。それがないから、金の卵を平気で3年間干して駄目にしていく、みたいなことが頻繁に起きるんでしょう。

――ずっと干されて、鳴かず飛ばずで消えていった逸材はたくさんいますからね。

 そうやってメンタルがズタボロになってしまった選手を、僕もたくさん見てきました。年代別日本代表で久しぶりに会った選手が、めちゃくちゃ心理的に弱っていてビックリするなんてことがよくありますが、なんで放置するんだろうと不思議なくらいです。そうした先輩の姿を、後輩たちも、学校の先生たちも見ていますから。高校の指導者からすると、「信じて預けた教え子が、なんかめちゃくちゃ病んでいるんだけど……」っていう話になる。

 このインタビューの冒頭で「日本の18歳が未熟」という話が出ましたよね。そのとおりだと思います。でも、「だからJクラブに入れておけば安心」というのは大いに疑問ですね。そもそも試合に使ってもらうハードルが非常に高いですからね。Jリーグは世界で2番目に若手の出番が少ないリーグというデータも話題になりましたが(※)、実際、若い選手が試合に出るうえでのハードルが高い国だろうと思います。
 Jリーグは選手の保有数自体がまず多いですし、お金のあるクラブは「各ポジションの3番手は若手で」みたいな考えでチーム編成をするケースがほとんどじゃないですか。もう若手を1年間“干す”のが前提になっているんですよね。それについて「プロだから当然」という考えもあると思います。ただ、それならば「Jに行かない」という選択が選ばれるようになってきたのも自然なことかなと思います。

 これは高校時代のアンリが言っていたことなんですけど、「自分がJリーグに行ったとしても、どうせ評価されないから、試合に出られない」と。これは「確かにその通りだろうな」と自分も思いました。高校時代のアンリはポテンシャルがあると同時にストロングポイントとウイークポイントがはっきりしていた。そうした弱みのある選手を我慢して育てようというマインドを持っているJクラブはほとんどないですから。

 特にGK、センターバック、センターフォワードは厳しいですよね。逆にヨーロッパのチームはそういう選手をしっかり育てようというマインドがある。なぜなら「売る」というゴールから逆算しているから。それなら、ヨーロッパで通用する武器のある選手は挑戦したほうがいいという判断になるのも理解できました。

高卒でJリーグ入りしたエリートがそれだけ消えている

湘南のアカデミー出身で、左サイドバックの小杉啓太。高校時代に自ら売り込み、トライアルを経てユールゴーデンとのプロ契約を掴みとったタフガイだ 【Photo by Linnea Rheborg/Getty Images】

――そういう意味では、アンリはいい選択をしたわけですね。シュツットガルトの場合、遠藤航、原口元気、伊藤洋輝といった先輩たちもいたので、身近で学ぶことも多かったでしょうし。本田や吉田が楢崎、藤田、秋田の背中を見て学んだのと同じような環境だったと思います。

 高校の先生の感覚も変わってきていて、Jリーグかヨーロッパで悩むなら、ヨーロッパにチャレンジするのはありだ、と。そして、リスクを重視してヨーロッパではなく国内を選ぶというなら、Jリーグではなく大学進学を勧めるという方が少なくない。

 今、日本代表にも大卒選手が多いじゃないですか。これは逆に言えば、高卒でJリーグに入った、エリートと言われた選手がそれだけ消えていることの裏返しでもあるわけですよ。「いきなりヨーロッパに行くのはリスクがある」という主張は一理あるんですが、だからと言って「Jリーグに行けばしっかり面倒見てもらえるから安心だ」とも思えないんですよね。

——すぐにクビになるかもしれませんからね。

 それもよくある誤解なんですが、すぐクビになるのはむしろラッキーかもしれません。あらためて自分が必要とされるチームに行くチャンスを得られるわけですし、大学に入り直すことだってできる。試合に使われないまま何年もポジションの3、4番手としてクラブに置いておかれた選手こそ先がなくなります。「育成重視」という看板だけを掲げているJクラブは、特にアカデミー出身選手に対して、そういうことをやりがちですよね。

 ヨーロッパかJリーグかということで私がもうひとつ感じているのは、選手の心残りの問題。ヨーロッパに行かずにJリーグに行ったとして、「あのとき無理にでもヨーロッパでチャレンジすればよかったな……」と、どうしても思うものなんですよね。試合に出られない、ベンチにも入れない、練習試合でも45分しか出られない、という状況で鬱屈して過ごしていると。そもそもクラブによっては練習試合を組まないことすらありますから。

――行かないで後悔するより、行って後悔した方がいい、ということですね。

 それこそアンリがチャンピオンズリーグに出たりすると、同年代の選手は思っちゃうわけじゃないですか。「俺も行っていれば、ワンチャンあったかもしれないな」って。こういう“後ろ髪マインド”は意外に足を引っ張るものだとも感じています。

――では、18歳のプロ経験のない若者がヨーロッパに行くとして、そこで生き残るために必要なことはなんでしょうか?

 やっぱり、まず言葉でしょうね。もちろん、チームメイトやスタッフと円滑なコミュニケーションを図るのにも必要ですけど、そもそも言語を身につけることって、18歳でヨーロッパに行くことによって生まれる最大のアドバンテージだと思うんです。25歳で向こうに行ってそこから言葉を覚えるより、18歳から覚えるほうがはるかにハードルは低くなりますからね。

 アンリはもともと英語がネイティブだし、スウェーデンで頑張っている小杉啓太(ユールゴーデン)も日本にいるうちに英語を勉強していたし、ドイツにいる福田師王もすごく勉強している。言語が習得できたら、仮にサッカーでうまくいかずとも、その後の職にもつながるじゃないですか。ヨーロッパに行って成功する・しないは、運・不運もあるので分からないですけど、ヨーロッパで3年間プレーして、言葉を覚えて帰ってきたら、それだけでもサッカー界で生きていくためのキャリアにはなりますからね。

――気を付けるべきことは?

 選手本人に問われるのは「本当に覚悟はあるのか?」ということですが、個人的に危惧しているのは、“悪党”が入ってくる余地が生まれていることですよね。「向こうのクラブで練習参加できる」と言われて渡欧したら、そんな話はまったくなくて騙された、という話もすでに聞きますから。

 選手の「ヨーロッパに挑戦したい」という心に付け込むビジネスが横行してくる可能性は十分あるでしょう。ブンデスリーガのクラブに練習参加してチャレンジできるという話だったのに、ドイツのアマチュアリーグに送り込まれただけ、といった話が実際にある。これは騙すヤツが悪いというのが大前提ですけれど、選手側も気を付けないといけない問題でしょう。

――危険に巻き込まれないための情報収集も含めて、事前の準備や覚悟が問われますね。

 ヨーロッパで成功するって当たり前ですけど、簡単なことじゃないですからね。結局、成功する選手は成功するし、失敗する選手は失敗する。そして、それは誰にも分からないこと。だから、「行くな」と言うのも違うし、他人が無責任に「行け」と言うのも違う。まず本人の覚悟次第だということはハッキリさせるべきでしょう。

 それがないなら、周りは勧めるべきじゃない。オファーに舞い上がって行くのではなく、じっくり考えて、しっかり準備して、覚悟を持ってチャレンジしてほしいですし、そこで踏みとどまって「やっぱり大学へ行こう」でもいいと思います。

 あと、よくある誤解ですが、「大学なら試合に出られる」とか甘い世界でもないですし、名門大学なら必ず厳しい競争が待っています。もちろん「Jリーグなら覚悟はいらない」なんてこともまったくありません。サッカーで生きていくつもりなら、強い覚悟が絶対に必要。それは大前提です。たった1度しかないサッカー人生。自分の頭と心でしっかり判断し、決断してほしいなと思っています。

(企画・編集/YOJI-GEN)

川端暁彦(かわばた・あきひこ)

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある。

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