「知られざる欧州組」の現在地

増えつつある高卒即ヨーロッパ行きの是非を問う…その背景に存在するもっと大きな問題とは?

YOJI-GEN

高校卒業を前にして、海を渡る決断を下したチェイス・アンリ(左)とJリーグ入りを選んだ松木玖生(現ギョズテペ)。共通するのは、しっかり考えて決断を下したという点だ 【Photo by Alexander Hassenstein/Lokman Ilhan/Anadolu via Getty Images】

 ここ数年、高校を卒業後、Jリーグを経由せずに海を渡る10代の選手が増えている。少しでも早くヨーロッパで揉まれれば、それだけキャリアの可能性が広がる一方で、プロ経験もないまま、メンタルも体もまだ大人になり切れていない状態で激しい競争に身を置くリスクも存在する。そのメリットとデメリットを、育成年代に精通するサッカージャーナリストの川端暁彦氏に訊ねた。すると、その背景にあるもっと大きな問題が浮かび上がってきた。

「高卒で海外」という選択肢をナチュラルに持つ時代

――かつては伊藤翔、宮市亮くらいと希少だった「高卒即ヨーロッパ行き」の流れが一気に加速しています。チェイス・アンリ(シュツットガルト)、福田師王(ボルシアMG)、吉永夢希(ヘンク)、そして今冬の全国高校サッカー選手権で活躍した高岡伶颯(日章学園高→サウサンプトン)……。一方で松木玖生(FC東京→ギョズテペ)や名和田我空(神村学園高→ガンバ大阪)のようにヨーロッパ行きが有力視されていながら、いったんはJリーグ入りを選んだ選手もいます。近年の傾向について川端さんはどう感じていますか?

 たしかに以前は非常に例外的なケースだったと思います。ただ、今年も複数人行きますし、去年も行きました。選手たちと話していても、ナチュラルに「高卒で海外へ行く」という選択肢を持つようになっていますよね。その感覚の部分がすごく変わったのは確かだと思います。

 それと同時に、大人側の認識も変わってきました。たとえば、かつて伊藤洋輝(バイエルン)がジュビロ磐田U-18の選手だったとき、アヤックスからオファーが届いたことがありました。当時は一大事で、「行かせるわけにはいかないだろう」「この年で欧州なんてとんでもない」みたいな感じでしたけど、今は同じようなことが起きたとしても、大人側の反応は「まあ、そういうこともあるよね」っていう感じになるでしょう(笑)。

――大人側もそういう事態を想定するようになっている、と。

 この5年くらいで日本サッカー界のコモンセンス(常識として持つ感覚)が良くも悪くも変わったな、というのはすごく感じるんです。

――日本人選手はすでに世界のマーケットに組み込まれているという認識があるわけですね。

 そういう言い方もできると思います。それも当然で、日本代表のワールドカップでの活躍もありますし、そもそもヨーロッパに挑戦してきた日本の先人たちが、かなりの確率で加入したクラブの戦力として貢献してきたという実績もある。冷静に捉えると、日本人選手の“成功率”ってめちゃくちゃ高いと思うんですよ。大金を払ってクラブに大損させた例は少ないじゃないですか。

――たしかに中田英寿に始まって小野伸二、中村俊輔、長谷部誠、本田圭佑、香川真司、長友佑都、吉田麻也……と多くの日本人選手がヨーロッパのサッカーシーンで評価されてきました。ブラジル人選手やアルゼンチン人選手は人数が桁外れに多い分、外れも多い印象があるかもしれません。

 5大リーグに限らず、それこそベルギーやポーランドのクラブの人たちだって、「日本人選手は計算できるな」と感じるのは自然なことです。「じゃあ、もっと獲ろう」「もっと若くてイキのいい選手はいないか?」となるのも普通のことかなと思います。

――日本人選手は総じてまじめで、チームへの忠誠心も高い傾向がありますからね。

 それと、もうひとつはお金です、現在は円安ですし、それ以前にそもそも日本人選手は移籍金そのものも安い。日本代表クラスでも数億円くらい、それが若手や高校生となると、大きなリスクを冒さずに獲得できる。

――獲る側のヨーロッパのクラブも、日本の若手に目をつけますよね。

 一方、行く側としても、心理的なハードルが低くなっていると思います。普通に考えたら、誰も選んでいない進路を開拓するのは、不安もあるじゃないですか。でも、今は「あの選手も行った」「うちの高校の先輩も行った」「年代別の日本代表で一緒にプレーしている選手がすでに行っている」といった状況です。実際に行く・行かないは別として、選択肢として持つことが当たり前になってきた印象ですね。

お手本になるような選手の多くがヨーロッパへ

星稜高出身の本田圭佑(左)とアカデミー出身の吉田麻也(右)。いずれも名古屋でプロとしての経験を積み、満を持してオランダへ旅立った 【Photo by VI Images via Getty/Imagesgetty Friedemann Vogel/Getty Images】

――行く・行かないということで言えば、最初にも触れましたが、松木や名和田は行かないという選択をしました。

「行く」という選択肢をナチュラルに持てるようになると、今度は冷静に「行かない」という選択肢を持ち得るようになるんですよね。今はそのフェーズに入ってきたんだと思います。もちろん、松木も名和田もぎりぎりまで悩んでいました。ただ、世代を代表する本当のトップ選手は「ヨーロッパのチームからオファー? すごいじゃん」とか、「なんとかして、どこでもいいから、ヨーロッパに行ければいい」みたいな感じでもなくなってきている。「そりゃあ、行くチャンスはあるよね」と。じゃあ、Jリーグがいいのか、大学がいいのか、それでもヨーロッパがいいのか。

 そもそも一口にヨーロッパと言っても、選手には行きたいリーグ、行きたいカテゴリー、行きたいクラブがあるし、オファーの内容だってピンからキリまであるわけです。そこでしっかり吟味し、熟考したうえで、彼らは最終的に「今はJリーグのほうがいいだろう」という決断を下した。もちろん、それが正しい判断だったかどうかは分からないです。なぜかと言えば、行っていたらどうだったのかは分かりようがないので。でも、冷静な判断をしたのだとは思います。

――そもそも高校を卒業してすぐにヨーロッパに渡ることについて、川端さんはどう考えていますか? ヨーロッパのクラブチームに関わっている方がこんなことを言っていました。「ヨーロッパで生存競争を勝ち抜いて18歳でプロになる選手はすでにしっかりした大人なんだけど、日本の18歳の場合、まだ身も心も子どもだ」と。それにプロ意識が希薄なまま、チームの勝敗を背負う経験もないままヨーロッパに来ると、お客さんで終わってしまうこともあると。

 おっしゃっていることはよく分かります。

――たとえば、本田圭佑や吉田麻也が日本の若い選手たちに向けて「早くヨーロッパに行ったほうがいい」って勧めるじゃないですか。一方で、彼らは18歳で名古屋グランパスとプロ契約を結び、3年間在籍してレギュラーとして勝敗の責任を背負って戦い、楢崎正剛、藤田俊哉、秋田豊といった真のプロから「プロはどうあるべきか」を学んで海を渡った。だからこそ、ヨーロッパで長くプレーできたという現実もありますよね。

 それについてもよく分かります。ただ、その点で言えば、お手本になるような向上心や克己心を持ち、なおかつ若い選手が無条件に尊敬するような実力・実績を持つ選手が、以前と比べてJリーグから減っているのも事実じゃないでしょうか。

 なぜなら、そういう日本を代表する選手たちは、みんなもうヨーロッパに行っているし、これから行ってしまうから。もちろん、いないとは言いません。たとえば、長友佑都はいまだに向上心に陰りがなく、40歳を目前にしても自分を律して高みを目指していて、実績も申し分ない選手ですよね。自然と若手の見本になるでしょう。

――松木も、長友から多くを学んだでしょうしね。

 ただ、そういう選手が今のJリーグに多いかと言えば、どうでしょう。あと、本田がプロになったころと比べて、そもそもJ1クラブが高卒選手を獲らなくなってきているという現実もあります。J2以下のクラブはもともと獲りにいかないですよね。ツテを頼ったり、地元の子を練習に参加させて獲得するケースはありますが、いわゆる“スカウト活動”に力を注いでいるクラブは少ない。

 時間と労力とお金を注ぎ込んだところで、どこまで回収できるか分からないですしね。「それなら、即戦力の大卒選手を獲ろう」ということになってきた。高校サッカーの試合を取材しに行っても、会場にいるのは体力のあるJ1の大きなクラブのスカウトが中心ですよ。そもそもルーキーを担当する専任スカウトを確保できないクラブも多いですしね。高卒はアカデミー出身だけでいい、という考えもあると思いますし。

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