【月1連載】現地記者の日本人選手ラ・リーガ奮戦記

「それでも僕たちはプレーしなければならない」 不敗神話継続の久保が吐露した被災地への想い

山本美智子

ラ・リーガ第12節のセビージャ戦で見事な先制ゴールを決めた久保。勝利の立役者となり、この試合のMOMにも輝いたが、その胸中に宿っていた想いは…… 【Photo By Joaquin Corchero/Europa Press via Getty Images】

 スペイン在住がすでに25年以上に及ぶ日本人ライターによる、月1回の連載コラム。レアル・ソシエダで3年目のシーズンを迎えた久保建英と、今シーズンからマジョルカでプレーする浅野拓磨の動向を中心に、文化的・歴史的な背景も踏まえながら“ラ・リーガの今”をお届けする。第3回で伝えるのは、セビージャ戦でゴラッソを叩き込み、“不敗神話”を継続させた久保の、未曽有の洪水災害に見舞われた被災地への想いだ。

かつてない惨事にも中止は2試合のみ

“タケクボ不敗神話”が戻ってきた。

 11月3日、セビージャへ遠征し、敵地サンチェス・ピスファンでラ・リーガ第12節に臨んだレアル・ソシエダは、久保建英の先制点とミケル・オヤルサバルのPKによる追加点で2-0の勝利を収めた。

 久保がゴールを決めれば、ラ・レアルは負けない――。2022年夏の加入以来続く神話は、この夜も途切れることはなかった(通算17勝1分け)。しかし、試合後のイマノル・アルグアシル監督は、グラウンド上で起きたことに対する論評や、殊勲者である久保への賛辞をほとんど口にしなかった。

 現在、スペインのテレビは連日、洪水被害のニュース一色に染まっている。10月末、バレンシアを中心に、サラゴサ、アンダルシア、アンドレス・イニエスタの故郷であるアルバセーテといった街が、DANAと呼ばれるコールドドロップ(寒冷低気圧による気象現象)による集中豪雨と、それによって引き起こされた大洪水に見舞われた。その死者数はすでに200人を超え、行方不明者数は2,500人を数えてからさらに増え続ける一方だ。

 国内の水害史上最大の惨事に際し、スペイン政府は10月29日から3日間、国喪に伏すことを発表した。

 正直、現在のスペインはサッカーを楽しむような状況にない。しかし、ラ・リーガが1部リーグの第12節で開催中止を決めたのは、11月3日に予定されていたバレンシア対レアル・マドリー戦とビジャレアル対ラージョ・バジェカーノ戦の2試合のみ。すべての試合を中止にすべきだという国民の声が届くことはなかった。

久保も心を痛めた恩師モレーノの涙

オサスナを率いるモレーノ(左)は、久保がマジョルカでラ・リーガデビューを飾った当時の監督だ。故郷の惨状に嗚咽を漏らした恩師の姿は、「見ていて辛かった」 【Photo by Quality Sport Images/Getty Images】

 オサスナのビセンテ・モレーノ監督は、被害の大きかったバレンシア郊外マサナサ出身。11月2日のバジャドリー戦を翌日に控えた記者会見で、彼は絞り出すような声でこう話し、カメラの前で嗚咽を漏らした。

「あそこはカオスだ。人々の想像を絶するほどの惨状が続いている。それなのに、そこにいる家族や仲間のところに飛んで行けないのは、本当に辛い」

 こうした精神状態で試合の指揮を執る、あるいはプレーすることがいかに過酷なことか、画面を通してひしひしと伝わってきた。

 私を含む多くのサッカー関係者やファンと同様に、この記者会見を見て心を痛めていたのが久保だった。セビージャ戦で得意の右サイドからのカットインプレーでゴラッソを叩き込み、チームに勝ち点3をもたらした後、彼はスペイン国内で放映権を持つ「MoviStar」のインタビューに答え、こう胸の内を明かしている。

「個人的に、ビセンテ・モレーノのことをとても心配している。彼は僕の監督だった人だ。とても良い監督だったし、彼の記者会見を見ていて辛かった」

 そして、あらゆる監督や選手が抱えていたであろう想いを、こんな風に代弁している。

「日本にも数年前、似たような状況があった。僕がその状況を過ごしたわけではないけれど、バレンシアで命を失ったすべての人たち、今苦しんでいるすべての人たちのことを思い、辛く感じている。こういった試合はいつでも辛い。(試合前に)1分間の黙とうを捧げたところで、難しい現状に変わりはない。それでも僕たちはプレーしなければならない。両チームとも困難な状況の中で最善を尽くした」

 ちなみに、第12節にオサスナはホームでバジャドリーを1-0で下し、モレーノはその足で被災地のマサナサに向かっている。そこにいる家族や苦しんでいる近隣の人たちに支援の手を差し伸べるために。

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著者プロフィール

スペイン在住は四半世紀超え。1998年から通信員として情報発信を始め、スペインサッカーに関する取材、執筆、翻訳の仕事に従事してきた。2002年と06年のW杯、04年と08年のEUROなど国際大会も現地で取材。12年からFCバルセロナの公式サイト、ソーシャルメディアを担当する

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