【女子ボクシング】日本バレーボール協会職員、大学病院の看護師、元ボートレーサー志望――経歴もさまざまな彼女たちが戦う理由

船橋真二郎

三迫ジムの女子選手たち。左から鵜川菜央、晝田瑞希、福家由布季、阿部沙紀、前原香那枝。前列中央は男子選手の宝珠山晃(2024年1月12日) 【写真:船橋真二郎】

女子ボクシングの競技人口

「女子ボクシングをメジャーにしていきたい」。昨年12月11日の発表会見で真正ジム・山下正人会長が力を込めた。1月21日、後楽園ホールで女子のみのプロボクシング興行が開催される。「Lemino BOXING フェニックスバトル128」で、NTTドコモの映像配信サービス「Lemino」が無料ライブ配信する。

 メインはWBA女子世界ミニマム級王座決定戦。元2階級制覇王者の黒木優子(真正)がソ・リョギョン(韓国)との世界返り咲きを懸けた一戦に臨む。ほかにWBOアジアパシフィック、東洋太平洋タイトルマッチが各1試合、日本タイトルマッチが2試合。計5つのタイトルマッチが行われる。

 日本ボクシングコミッションによると2024年にプロライセンスが交付された女子選手は157人(男子選手は2122人)、試合出場者は114人。ただし、これには試合のためにスポットで来日した海外の選手も含まれ(以下同)、国内のジム所属選手はもう少し少ない。さらに何階級にも分散するから、競技人口としては寂しいと言わざるを得ない。

 だが、これは女子ボクシングがメジャーではないと表しているという以前に、激しいコンタクトを伴うボクシングに女性が飛び込むハードルの高さを示しているとも言えないか。

 コロナ禍の前後5年の試合出場者の推移を見てみる。2019年が107人。2020年は49人で21年は85人と落ち込んだが、22年、23年は各118人と回復。見方を変えれば、少数派ながら一定数の女性がリングに何かを求めていることになる。

 なぜ、彼女たちは戦うのか――。21日の出場選手を中心に、WBO女子世界スーパーフライ級王者の晝田瑞希の三迫ジム、前WBA・WBO女子世界アトム級統一王者の松田恵里、アマチュア世界選手権2大会銅メダルからプロ2戦目で東洋太平洋ミニマム級王者となった和田まどかのTEAM10COUNTジム、現在の女子ボクシングを代表するトップ選手が所属する両ジムの6人に聞いた。

ボクシングは自分の弱さを認めざるを得ないもの

1月21日、後楽園ホールで初防衛戦に臨むWBO女子アジアパシフィック・アトム級王者の鵜川菜央(左)と挑戦者の宗利佳歩(2024年12月11日) 【写真:船橋真二郎】

 昨年6月、5戦全勝で王座決定戦を制し、WBOアジアパシフィック・アトム級王者となった鵜川菜央(うがわ・なお、三迫/29歳)。挑戦者に宗利佳歩(むねとし・かほ、RST/28歳、4勝2KO1敗)を迎え、21日に初防衛戦に臨む。

 日本バレーボール協会に勤務。代表チームの活動をサポートする部署の事務職として働く。自身も小、中、高とバレーボールに打ち込んだ。

 兵庫県姫路市の出身。関西学院大学に進学後、バレーボールに区切りをつけ、体育会の広報を担うスポーツ新聞部に入部。担当した競技のひとつがボクシングだった。

 試合を取材しても「どういう展開で、何が起きているのか」、理解が追いつかない。勉強のつもりでボクシング関連の動画を見るうちに興味がふくらんだ。

 部活を引退後、就職活動の傍らボクシングジムに通い始めると「ジャブに始まって、次はワンツー、次はフック。自分の成長が分かりやすく見えるのが楽しくって。毎日、ワクワクでした」と夢中になった。

 しばらくしてプロ志望の女性のスパーリング相手を頼まれる。初めての本格的な実戦形式の練習は「ボコボコにされた」と散々だったが、翌週も手合わせを頼まれ、覚悟を決めた。

 基本のジャブとガードだけを徹底して意識。目に見えて展開が変わった。自分の選択ひとつで目の前の世界が変わる感覚。これが決定的な経験になる。

 就職し、上京してもジム通いを続けた。もう一段、踏み込んだのは純粋な向上心からだった。

「プロになれば、トレーナーさんにもっといろいろ教えてもらえると思って。人生最後の青春みたいな感じで思い切りました」

 ボクシングは「自分の弱さを認めざるを得ないもの」という。

「これまでの人生、何でも何となくできてきたタイプで、自分の弱さを知るということがあまりなくて。自分はできると自分でも思いたいし、周りにも思わせたいし。でも、自分はできない、全然ダメ、と思わせてくれるのがボクシングだから。弱さを認めて、乗り越えることを覚えました」

 2連勝で移籍したのも「もっとできるようになりたい、変わりたい」という思いからだった。

 寺地拳四朗(BMB)、晝田が師事する加藤健太トレーナーの指導を受ける。昨年7月から晝田と同じフィジカルトレーナーのもとで筋力アップにも取り組む。チャンピオンになっても「自分の成長が見えるところが一番好き」という気持ちは変わらない。

生きているな、と実感できる

1月21日、日本王座決定戦に出場する日本女子ミニマム級1位の前原香那枝(左)と加藤健太トレーナー 【写真:船橋真二郎】

 昨年は2020年、21年の空白を挟んで実に4年7ヵ月ぶりに勝利。そこから格上を相手に1勝1分の戦績を残した前原香那枝(まえはら・かなえ、三迫/35歳、4勝2敗2分)。21日、日本女子ミニマム級1位として空位の日本王座を2位の漣バル(さざなみ・ばる、ワールドスポーツ/21歳、4勝1KO1分)と争う。

 宮崎県えびの市出身。大学病院で働く現役の看護師。肉体的、精神的にも激務の中、「看護師とボクシング、お互いが支え合って、やっていけている」と話す。

「命にかかわる仕事」に3年、4年と携わり、「(精神的に)辛くなってきた」とき、姉から勧められて一緒に見たのが、自堕落な女性がボクシングを通して変わっていく姿を描いた映画『百円の恋』だった。

 小学生の頃は水泳、バスケットボール、中学はテニス、高校はハンドボール。「体を動かすのが好き」だった。

「仕事では怒られることばかり。でも、ボクシングジムに行ったら、ただ(ジャブで)左手を伸ばしただけで褒められる。自分を認めてもらえた気がして、心地よくて。それがきっかけでした」

「1回だけ試合に出てみたい」。思いを募らせ、上がったリングでダウンを奪った末に判定勝ち。「また出たいとなった」と笑う。

「痛いし、苦しいし、嬉しいし、悔しいし。ボクシングには全部の感情が詰まってて、心から味わえるのが一番の魅力です」

 2連勝で迎えたコロナ禍は外出を制限され、病院と自宅の往復の日々。それまで以上の緊張を強いられ、神経をすり減らす中で、心も体もボクシングを求めていた。

 が、ジムを移籍して、約3年ぶりの復帰戦から2敗1分。試練は続いた。

 だからこそ、久しぶりの勝利は「よく乗り越えられたなって、涙が止まらなかった」と格別なものになる。コロナ禍の辛さ、勝てなかった苦しさ……感情があふれ出た。

 ボクシングは「生きてるなって、実感できるもの」と前原は言う。

 次は初のタイトルマッチになるが「いつもと一緒。試合までの仕事と練習の道のりをしっかりやり切ろうと思います」。その道のりがベルトにつながったとき、どんな感情に包まれるか。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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