【新旧女王対談:後編】あんな試合がしたい――晝田瑞希がアメリカで見据え、藤岡奈穂子さんも期待するビッグマッチとは?

船橋真二郎

1階級下の4団体統一王者を意識

藤岡さん(左)が「勝てば、日本はもとより世界で評価される。ぜひ見たい」と晝田に期待するビッグマッチとは 【写真:伊藤キコ】

晝田 藤岡さん、(ガブリエラ・)フンドラ(※)とスパーリングされたんですよね?

※WBC・WBO世界スーパーウェルター級王者セバスチャン・フンドラ(アメリカ)の妹。この11月2日、フライ級で4団体統一を果たした。兄は197cmという規格外の長身で知られ、妹も175cmと群を抜く長身を誇る。

藤岡 全部で80ラウンドぐらいやったのかな。最後の2022年の3ヵ月、ロサンゼルスに行ってたときですね。

――エスパーザ戦の後、現地のプロモーターに試合内容、実力を評価されて、自分自身で1年と期限を区切って、アメリカで試合の機会を模索し続けていたときですね。

藤岡 あ、そうですね。ギャビって呼んでたんですけど、そのフンドラが4団体制覇しちゃいましたからね。まあ、やるだろうなと思いましたけど。

晝田 やっぱり、そうですか。めっちゃ強いですよね。

藤岡 めっちゃ強い。サウスポーでタッパがあって、リーチがめっちゃ長いんですよね。自分が3歩、踏み込まないと懐に入れないぐらい、めちゃくちゃ遠い。で、パンチは硬いし、テクニックもあるし。おまけに気が強い(笑)。スパーしてない?

晝田 やってないんですよ。もしかしたら、階級を上げてくるかもしれないし。

――1階級違いだし、いずれ試合をしたいですか?

晝田 もちろん意識は確実にしてます。1回、あの兄妹にラスベガスで会って、写真も撮ったんですね。多分、向こうも私のことを知ってたと思うんですけど、笑顔で接してはくれたけど、にじみ出るような気の強さを感じました(笑)。

藤岡 ぜひ見たいですね。相手は4団体制覇王者ですからね。話題性は十二分にあるし、もちろんアメリカを舞台に大きな会場でできると思うんですよね。勝てば、日本はもとより世界で評価されると思います。

――先ほど、テイラー×セラノのような試合をするには同じぐらいのレベル同士でやらないと、という話がありましたが、晝田選手にとっての、そういう相手になりそうですか。

藤岡 いや十分、そうなると思います。

晝田 ありがとうございます。チャンスが来たら私は逃げるつもりはないし、やる以外に選択はないと思ってるんですけど。でも、そのビッグマッチのためにも、今は目の前の試合をすべてクリアしていかないと、という思いが強いですし、それに相応しい選手になるためにも、シンプルにもっと強くならないといけないと思ってます。

「今」を積み重ねた先に――

加藤健太トレーナーとのミット打ち。寺地拳四朗も師事し、信頼を置くトレーナーの指導で晝田は精神的に成長した 【写真:伊藤キコ】

――晝田選手の今までは、いろいろな意味で「強さ」を手に入れる過程だったと思うんですね。プロ2戦目のぬきてるみ(真正)選手との試合で2度ダウンして、判定勝ちした試合後のリング上のインタビューで大泣きして。

晝田 あ、そうですね。ワー、ワー、泣いて(笑)。

――その後の練習中、男子選手とのスパーリングで倒されときに、また泣いて、加藤(健太)トレーナーに「いちいち感情を出すな!」と叱られて。そこで、気持ちの弱さというか、自分を乗り越えてきたから、今があると思うんですね。

藤岡 ああ、なるほど。加藤さんに鍛えられたんですね(笑)。

――で、以前、藤岡さんが、選手としてじゃなくても、女性がボクシングとか格闘技をやることで、例えば、まだまだ男性社会の中で、そういう理不尽なことだったり、何かに立ち向かう強いマインドを鍛えられるんじゃないか、今、やられているパーソナルでボクシングを教えること以外に場所を構えたり、何かできたらと話されていましたね。

藤岡 そうですね。ここ(気持ち)が強くなれば、自信を持って、物が言えたり、社会で活躍できたり、とか。競技としてじゃなくても、ボクシングを通して精神的な強さを鍛えられるんじゃないかと思って。どういう形かまだ分からないですけど、考えてるところですね。その中で選手たちも盛り上げながら、それに共感する女性のファンも取り込めるんじゃないかな、と思ってるんですけど。

――その象徴として女子ボクシングを見てもらえたら、また違う価値が生まれそうですね。

藤岡 まあ、特に女性のファンは、ほぼほぼそう見てくれてると思うんですね。自分の気持ちをリングで戦ってる選手の姿に投影して。だから、さらにグッとつかみたいですね。

――そういう意味で、弱いところも見せながら、強く成長していく晝田選手の姿は共感できる対象として。

藤岡 そうですね。ワー、ワー、泣いてたときから、彼女の成長を見ていくことで。で、今からまた、もっと活躍して、さらに大人の女性に成長していくわけですから(笑)。

晝田 なれるといいけど(笑)。

――晝田選手が思い描くのは、井上尚弥(大橋)選手のような“完全無欠”みたいな強さのスーパースターではない、と言っていましたね。

晝田 私は自分を表現するとき、ほんとの自分より強く見せようとか、今の自分の感情に逆らうとか、そういうのは好きじゃなくて。ナチュラルにありのままでいたいんですよね。それがほんとの強さだと思ってて。結局、力んでもやってきたことしか出ないし、それが今の自分の強さだし。常に自分自身に正直にいたいので、ワー、ワー、泣いちゃうんですけど(笑)。

――でも、加藤トレーナーと強い気持ちをつくれたから、ロサンゼルス合宿に行く決心もついたと思いませんか?

晝田 なんだかんだ、行ってなかったかな。あのときは変わりたい、一歩踏み出したいというのがあって、行かないと後悔すると思ったし、ボクサーって時間が限られてますからね。藤岡さんも言ってましたよね。今やるか、やらないか。

――藤岡さんが大切にしてきた「Now or Never」の精神ですね。

晝田 ほんとにそうだと思って。今やれることをやろう、今を生きよう、みたいな感じで今、必死にもがいてるところです。

――藤岡さんは、その「今」の積み重ねの先に5階級制覇があり、アメリカでの勝利があった、と。

藤岡 チャンスは、ほんとに今しかない、後からなんてないと思ったほうがいいし、今やることをやって、チャンスがきたときは必ずつかんでほしいですね。

晝田 藤岡さんが引退されたとき、やりきったみたいな感じで「卒業」と言われてて。そうなりたいんですよ。私も。

藤岡 いくつだっけ?

晝田 28です。

藤岡 まだまだっすね。あと20年できるよ(笑)。

晝田 ええ!? ほんとに嫌だ……。

(一同笑)

藤岡 あと20年やったら、「やりきった」と思えるよ(笑)。

晝田 20年……。

――いやいや、今は20年とか考えなくても(笑)。では、最後に1月17日にアメリカでデビュー戦を迎える晝田選手に藤岡さんから何かアドバイスは?

藤岡 いや、そんな、何もないですけど、あえて言うなら、楽しんでっていうことですかね。もちろん言わなくても楽しむと思いますけど。結果は後からついてくるものなので、今の自分の持ってるものすべてを出し切って、楽しんでもらいたいです。

晝田 ありがとうございます! 頑張ります!

対談を終え、晝田のアメリカ・デビューに向け、握手でエールと決意 【写真:伊藤キコ】

■晝田瑞希(ひるた・みずき)・プロフィール
 1996年4月12日生まれ、岡山県岡山市出身。県立岡山工業高校ボクシング部で競技を始め、卒業後に進んだ自衛隊体育学校までアマチュア45戦29勝(13KO・RSC)16敗の戦績を残した。2018年はフライ級、2019年はフェザー級で全日本選手権優勝。東京五輪を目指したが、本大会で金メダルを獲る入江聖奈の前に日本代表選考のボックスオフで惜敗した。2021年10月15日にプロデビュー。2022年12月、4戦目で谷山佳菜子(ワタナベ)との王座決定戦を制し、WBO女子世界スーパーフライ級王者に。現在2連続KO防衛中。2022年、2023年と女子年間MVP。プロ6戦全勝2KO。左ボクサーファイター。

■藤岡奈穂子(ふじおか・なおこ)・プロフィール
 1975年8月18日生まれ、宮城県大崎市出身。24歳で地元のアマチュアジムでボクシングを始める。2003年のアジア選手権3位など、アマチュア23戦20勝(12KO・RSC)3敗の戦績を残した。2009年9月15日にプロデビュー。東日本大震災発生による世界初挑戦の中止を経て、2011年5月、王者のアナベル・オルティス(メキシコ)を下し、WBC女子世界ミニマム級王者となる。2013年11月、3階級上のWBA女子世界スーパーフライ級王座奪取を皮切りに5階級制覇を達成。現在はパーソナルトレーナーとしてボクサー、格闘家、健康目的など、幅広くボクシング指導。現役中から「ボクシング女子会」を立ち上げるなど、女子ボクシングの盛り上げに精力的だったが、新たな形を計画中。プロ23戦19勝(7KO)3敗1分。右ファイター。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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