高校野球はなぜ転校後1年間の出場停止なのか? 根底にある考えと尊重すべき「逃げる自由」

中村計 松坂典洋

「やることやってから言え」の欺瞞(ぎまん)

中村 再三、基本的人権は、人が生まれながらにして持っているものなのだという話が出ました。思ったことは口にしていいんだ、と。でも、おそらく、従来の日本のスポーツクラブ文化だと、選手が何かを主張したら「やることをやってから言え」みたいな返しをされてしまうと思うんです。「おまえにそれを言う資格があるのか」みたいな。

 日本人は「権利」を持ち出されると、すぐに生意気だとか、わがままだという発想になりますよね。

松坂 「生意気」も「わがまま」も上から押さえつけたい立場の人間の常套句ですからね。

 でも、そもそも人権というものは、何かとセットなわけではないんです。責任を果たさなければ与えられないという種類のものではありません。

中村 伝統芸能の世界だと修業時代みたいなものがあるじゃないですか。その間は物を言えないみたいな空気があるんですよね。間違っていると思っても、理不尽だと思っても、3年間はとにかく師匠の言うことを黙ってやりなさい、というような。

松坂 伝統芸能の世界だけでなく、日本社会のありとあらゆるところにそういう思想はあると思いますよ。会社だったら、入ってから3年は言われた通りにやりなさい、とか。高校野球の世界でも新入部員がいきなり「この練習方法は間違っていると思います」とは、とても言えない雰囲気だと思うんです。

中村 僕もその「3年」を言われた経験があるんです。あの3年という区切り方は何なのでしょうか。僕は大学卒業と同時に入ったスポーツ新聞社を7ヶ月で辞めてしまいました。忘れもしないんですけど、配属1日目、東京野球部のデスクに「おまえに人権はないと思え。促成栽培だからな」と言われて。小さな新聞社だったので、いきなり実戦投入されるような感じだったんです。僕が入社したのは1997年だったのですが、「おまえに人権はない」みたいな言い方は1990年代あたりまでは当たり前だったと思うんです。

松坂 パワーハラスメントという言葉が出てきたのは2001年ですから。おそらく、その頃はまだそんな空気感だったと思います。

中村 当時の日本では「人権はない」という冗談のような形で人権が語られることはあっても、「あなたには人権がある」という風に「ある」ことを教えてくれる人はいなかったと思うんです。日本人にとっては、それくらい遠いものでした。

書籍紹介

【画像提供:KADOKAWA】

日本人に愛される「高校野球」から日本人が苦手な「人権」を考える

甲子園から「丸刈り」が消える日――
なぜ髪型を統一するのか
なぜ体罰はなくならないのか
なぜ自分の意見を言えないのか
そのキーワードは「人権」だった
人権の世紀と言われる今、どこまでが許され、どこまでが許されないのか
高校野球で多くのヒット作を持つ中村計氏が、元球児の弁護士に聞いた
日本人に愛される「高校野球」から日本人が苦手な「人権」を考える
知的エンターテインメント

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