サッカーと野球~プロスポーツにおけるコンバートの意義

今野、長友、佐々木、綱島…数々のコンバートを行ってきた城福浩監督の矜持「選手をよく見せる劇薬では決してない」

馬場康平

2005年にU-15日本代表監督に就任して以降、多くの選手の指導にあたってきた城福監督。長友を左SBに、今野をCBに、佐々木をストッパーにコンバートしたのもこの熱血漢だ 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 365日、転がるボールとそれを追いかける選手と向き合う生活を続けてきた。時代の移り変わりとともに戦術も進化し、サッカーの監督には日々アップデートが求められる。その変化に対応するために、配置転換との向き合い方も変わってきたのかもしれない。十数年間、Jリーグの現場に立ち続けてきた東京ヴェルディの城福浩監督が紐解くコンバート論とは――。

ネガティブな視点とポジティブな視点がある

――サッカーではコンバートによってプロへの道が開けたり、人生が変わるターニングポイントになることもあります。サッカー監督という立場から今回は他競技の野球とサッカーにおけるコンバートを考察していただきたいと思います。

 まず野球で言うと、おそらく初めはみんなが4番でピッチャーを目指すのだと思います。それが年を重ね、いろんなポジションにそれぞれが配置変えされていく。もっと言えば、最後まで勝ち抜いた選手がプロの世界でピッチャーや4番を任されている。そういう考えで誤解を恐れずに言うと、サッカーではそれがFWなんじゃないかと思います。だけど、サッカーではポジションによって役割が異なります。元々FWが中盤に落ちていって、簡単に当てはまるかというと決してそうではない。各ポジションのスペシャリスト的な役割も要求される。

 でも、総じて言えば、育成年代ではウイングも含めて前目のポジションだったのに、どんどんポジションを後ろに落としていく流れはあると思います。それはなぜかと言うと、サッカーでは相手ゴール前に近くなればなるほどプレッシャーが高いからです。その重圧の中でプレーできる選手は、必然的に技術や身体的な特長を持っている。あるいは、点を取れる能力がある選手と言えるでしょう。前線で生き残る選手もいれば、自分の新たな可能性を模索しなければならない選手もいる。それを自分でできるのか、指導者と巡り合って見いだせるのかは人それぞれ。

 ただ、総じてスキルが高く、ゴールを奪える選手が1番前にいて、そこから徐々にポジションを変えて後ろに落ちていく。おそらくジュニア世代から見ていくと、そういった流れはサッカーにもあると思います。でもね、果たしてそれを「コンバート」と言うのか。野球におけるピッチャーから別のポジションに移ることと同じ流れではあるけれど、サッカーのトップチームを見ている自分からすると、コンバートとは少し違う定義になると思います。

――だとすると、完成してプロ入りした選手を別のポジションで起用する、試すことがサッカーにおけるコンバートの定義なのかもしれません。城福監督の指導歴を紐解いていくと、世代別の日本代表で攻撃的な選手をサイドバック(SB)に移し、FC東京時代には右SBの長友佑都選手を左に替えています。今野泰幸選手(現南葛SC)はボランチからセンターバック(CB)に、ヴァンフォーレ甲府では佐々木翔選手(現サンフレッチェ広島)をSBからストッパーにコンバートしています。そういった事例を踏まえ、まず監督として彼らのどこを見て新たな定位置での起用に踏み切ったのでしょうか?

 コンバートに至る前の話になるけど、野球では内野や外野の定位置が大きく変わらない。一方、サッカーが少し特殊なのは、その配置がチームによっても異なること。4-4-2がスタンダードと言えるかもしれないけれど、それが絶対ではない。だから、例えば、システムが変わってSBの選手がウイングバック(WB)を務めることがコンバートと呼べるのかどうかも、サッカーでは議論のひとつになるでしょう。大まかに1列目、2列目、3列目と今は言いにくい状況になっているけど、そこを飛び越えてMFがDFをやったり、FWがDFで起用されることはコンバートと言っていいと思います。

 ただ、似た役割に思えるSBからWBの配置変えも実はすごく繊細で、配置の妙で生きる選手もいれば、座り心地が途端に悪くなる選手もいる。そうしたことがサッカーにはあるということを前提に話を進めていきます。さっき例に挙がった、(年代別日本代表で指導にあたった)吉田豊(当時静岡学園高/現清水エスパルス)や高橋峻希(当時浦和レッズユース/現いわてグルージャ盛岡)のような攻撃的なポジションでプレーしていた選手がSBをやることは、最初に話したFW経験者が後ろのポジションになっていく一例だと思います。それと同時に、彼らにSBの適正能力があったということ。なぜならば、守備力がなければ後ろのポジションは務まらないからです。だから、スキルがあっても、守備のメンタリティーや守備力がなければ、コンバートには至らない。

 つまり、前から後ろにポジションを落としていく場合、前に残れなかったという見方がある一方で、後ろのポジションをやれる素養があったという見方もできる。言い方や捉え方としては、ネガティブな視点とポジティブな視点の2つがあります。そして、監督がチームの最大値を引き出すにはどうすればいいのか、あるいはチーム状況においてどのポジションの競争力が高く、どこがウイークポイントになっているのかも深く関わってきます。個々の武器を生かすにはどういう組み合わせが1番いいかと考えたとき、コンバートという発想が初めて出てくるわけです。

今野泰幸と綱島悠斗の共通点とは?

ボランチだった今野は09年に最終ラインにコンバートされ、攻撃の起点となれるCBとして新境地を開拓した 【(C)J.LEAGUE】

――城福監督がFC東京を初めて率いた2008~2010シーズンはさまざまな選手をいろいろなポジションで起用した印象が残っています。プロで何年もやってきた選手に対する声掛けのタイミングなど難しい要素も多かったと思います。

 もちろん、そのときに採用しているシステムと、選手たちのタスクに十分満足できるのなら、そうした発想にはなりません。その「十分」の定義も難しいところです。チームのレギュラーなら十分だけど、それが日本代表としてだと、果たして十分と言えるのかも違ってくる。選手が何を目指し、どんなポテンシャルがあるのか。

 コンちゃん(今野泰幸)で言えば、日本代表に選ばれ続けるという意味では、当時のボランチでは難しいと判断しました。全くダメかというと、チームにおいては決してそうではなかった。ただ、当時のチームの競争力という観点では同じポジションに梶山陽平(現FC東京U-12育成担当)がいて、米本拓司(現京都サンガF.C.)が入ってきて、ボランチはチーム内でも競争力がすごく高いポジションになってきていた。そこで、3人のうちの誰かを使わないという選択肢も含め、誰をどこで使えるかを全て掛け合わせた上での判断でした。

 また、コンちゃんが持つスキルや守備力があれば、彼がCBをやることでチームのサッカーがより進化すると考えました。今のヴェルディでも同じことが言えます。周りの方は綱島悠斗はボランチの選手だと思っているかもしれない。その綱島が今、CBで力を発揮して注目される選手になってきました。私は当時のコンちゃんと綱島には通じるものがあると思っています。

――それはどのようなところでしょうか?

 このチームが目指しているサッカーのボランチ像として、サポートの仕方からボールを受けて配球するまでの前後を総合的に要求しています。ボールを受ける3秒前とその後の判断力と技術も含めて、高い要求をしている。当時のコンちゃんにしても足りないところがありました。そこで前を向かないとか、そのタイミングで近いところにボールをつけてしまっているとか。綱島でいうと、空間認知のところで今落ちるべきか、もう2秒前に頑張って横ズレすれば、私がよく使う「へそのポジション」でボールを受けられるということがある。

 コンちゃんにも「こうすればもっとよくなる」と言い続けたし、綱島にもボールのピックアップの仕方は常に映像も見せて指導してきました。「そこだとCBは出しにくい」「もう何秒前にズレないといけない」「もう少し距離を縮めて、そこは離れて」とか。そうしたことを一つひとつ改善できれば、劇的によくなるはずです。

 一方で、彼らが課題を頭に入れながらプレーしてしまっていることも問題だと思っています。どうすればいいのかと常に考えてしまっている。彼らには強みがあるのに、迷いながらプレーしてしまうことで本来の強みが損なわれてしまう。それなら、強みだけを考えて自信をもってプレーできるポジションは他にないだろうかと。「もっとノビノビとプレーさせて、強みをより輝かせたい」という思いでコンバートに踏み切った。元のポジションがダメではなく、公式戦で問題意識を持ちながらプレーすることが選手やチームにどう働くかも判断材料でした。ある意味ふたりにはその共通点があったと思います。

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著者プロフィール

1981年10月18日、香川県出身。地域新聞の編集部勤務を経て、2006年からフリーに。現在、『東京中日スポーツ』等でFC東京担当記者として取材活動を行う。2019年に『素直 石川直宏』を上梓した。

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