サッカーと野球~プロスポーツにおけるコンバートの意義

人気解説者・林陵平が説くコンバートの新常識「戦術の進化とともに旧来の概念は消滅しつつある」

吉田治良

今季FWからボランチに移って成功した鹿島の知念だが、彼のコンバートも偶発的だった。本職にプライドを持つプロ選手を配置転換するのは、そもそも簡単ではない 【Photo by Hiroki Watanabe/Getty Images】

──ティエリ・アンリ(元アーセナルなど)やロビン・ファン・ペルシ(同)ら、ウイングからセンターフォワードに移って成功した選手は少なくありませんが、この2つのポジションも必要な資質は異なる?

 僕は現役時代センターフォワードでしたが、ときどきサイドを任された経験上から言っても、ウイングとは全然違います。センターフォワードの選手は、例えば3-4-2-1のシャドーはできても、4-3-3-のウイングは難しい。大外から1対1で仕掛けて、スペースを突けるだけの能力がベースにないからです。

 逆にウイングの選手が真ん中に入っても、簡単に点が取れるわけではありません。センターフォワードが本職の選手のように、ボックス内での動き出しやポジション取りがうまくありませんからね。それは今シーズンのキリアン・エムバペ(レアル・マドリー)を見ていても分かるでしょう。彼の適正ポジションはやはり左ウイングであって、自分の畑ではない中央ではどこかやりにくそうにしていますよね。

 では、なぜアンリはセンターフォワードとして成功できたのか。元々その素養もあったのかもしれませんが、当時のアーセナルの4-4-2で、2トップの一角にデニス・ベルカンプという最良のパートナーがいたことに加えて、現在とは異なり、ゴール前での時間とスペースが比較的あったことも、無関係ではないと思います。

──コンバートが簡単ではない理由がよく分かります。

「ゼロトップ」とか「偽サイドバック」といった言葉が先行して忘れられがちなんですが、基本的にプロの世界は専門職で成り立っているんです。スペシャリティを持っていなければプロで活躍するのは難しい。

 中学、高校、大学と誰もが専門職を磨いてこの世界に入ってきたわけですから、自分のポジションにはプライドも持っているでしょうし、そこで違うポジションに配置転換されたら、普通は「どうして? 俺の勝負するポジションはそこじゃないぞ」ってなるんです。コンバートの難しさの根本は、まさにそこにある。もちろん、その選手のキャラクターにもよりますけどね。

──怪我人など、チーム事情が絡んだコンバートが多いのも、そういった理由からなんでしょうね。

 今シーズンのJリーグで言えば、鹿島アントラーズの知念慶がFWからボランチに移って成功しましたが、あれも偶発的なコンバートだったと聞いています。開幕前の練習試合でボランチが足りなくて、たまたま使ってみたら良かったみたいで。

 ジョエリントンのケースと同じで、知念がボランチにフィットできたのは、当時のランコ・ポポヴィッチ監督(10月6日に解任)が目指していた縦に速く、とにかくボールにプレッシャーをかけ続けるスタイルと、フィジカル能力やボール奪取力といった知念の持つ資質が合致したからだと思うんです。

──専門職の集まりであるプロの世界でコンバートを成功させるには、タイミングやチーム戦術との噛み合わせが重要だということですね。

 そんなに簡単にコンバートはできませんから。和食の料理人がいきなりフランス料理を作れないのと同じです(笑)。ただ、スペシャリティを生かすためにも戦術が必要であって、専門職の集まりをスムーズに動かせる指揮官がいなければ、選手個々の良さも引き出せないとも言えます。

──その一方で、複数ポジションに対応できるマルチロールプレーヤーのニーズも高いのでは?

 そうかもしれません。ただ、どんなに汎用性が高い選手でも、すべてのポジションを完璧にこなせるわけではありませんよね。今の時代により求められているのは、スペシャリティを持ちながら、試合の状況に応じて臨機応変に立ち位置を変えられる、柔軟性に富んだ頭のいい選手なんです。ボランチからサイドバックに落ちたり、ウイングの位置から中央に入ってきたり。

 今シーズンのマドリーがうまくいっていない大きな要因の1つは、ボランチのトニ・クロースが引退したことだと思っています。常に正しいポジショニングを取り続け、潤滑油になれる彼のような選手がいるとチームは楽になるし、そういう選手が増えれば、戦術的な広がりも生まれてきますからね。

求められるのは「ゲーム中のコンバート」

成功例が多い「ウイング→CF」のコンバートだが、ゴール前での時間とスペースが限られる現代では難易度が高まっている。ヴィニシウスなど通用する選手は限られるか 【Photo by Gonzalo Arroyo Moreno/Getty Images】

──そもそもプロは専門職の集まりである上に、現代のフットボールが昔と比べて格段に流動性が高まり、ポジションの境界線も曖昧になったことで、コンバートの成功例は減少傾向にあるんですね。

 旧来のコンバートの概念は、もはや消滅しつつあると思いますよ。最初の立ち位置をウイングからセンターフォワードに移すといったコンバートではなく、極端に言うなら「ゲーム中のコンバート」。試合の中で臨機応変に動いて、初期配置とは異なる立ち位置を取れる選手でなければ、これからは生き残れません。

 それはゴールキーパーも例外ではありません。チーム戦術として最終ラインを高く設定していれば、スイーパー的な役割をこなす必要がありますからね。

 つまり、分かりやすいコンバート自体は減っていますが、逆に試合中の立ち位置の変化は、昔と比べてより目まぐるしくなっているということです。

──なるほど。ちなみに、林さんが考える最も難易度が高いコンバートは?

「センターバック→センターフォワード」じゃないですか。さっきも言ったように、リアクションとアクション、対応が真逆ですからね。

──過去を振り返って比較的成功例が多いのが、先ほども言ったようにアンリなど「ウイング→センターフォワード」のコンバートだと思います。例えば今後、ヴィニシウス・ジュニオール(レアル・マドリー)やラミン・ヤマル(バルセロナ)といった若手ウインガーは、センターフォワードに配置転換されてもフィットすると思いますか?

 ヤマルはトップ下ならできると思いますが、センターフォワードは難しいかもしれません。ヴィニシウスは4-2-3-1の1トップが十分に務まると思います。自由にサイドに流れながら、ゴール前にも顔を出せるムービングストライカーですね。ただ、それも監督の採用する戦術やシステムによりますから、一概には何とも言えません。

──林さん自身はずっとセンターフォワードだったんですか?

 中学生くらいまでは左サイドハーフとかもやっていましたね。センターフォワードになったきっかけはよく覚えていませんが(笑)、身長も大きくなって、点を取るのも好きだったので、自然とですね。

──では、林さんがセンターフォワード以外にやってみたかったポジションは?

 うーん。今だったら、センターバックがやりたいですね。現代のセンターバックはビルドアップの起点として重要な役割を果たせますし、最終ラインから持ち運んでいくプレーとか、すごく面白そう。相手が2トップでプッシャーをかけてきたらこうやって運ぼうとか、しっかりイメージはできていますよ。でも、センターフォワードとは真逆のリアクションの守備は、きっと全然できないでしょうね(笑)

(企画・編集/YOJI-GEN)

林陵平(はやし・りょうへい)

【吉田治良】

1986年9月8日生まれ、東京都出身。ヴェルディ・アカデミー、明治大を経て2009年に東京Vとプロ契約。その後、柏、山形、水戸、東京V、町田、群馬と渡り歩きながら、大型ストライカーとして活躍し、20年シーズンを最後に現役を退いた。寝る間も惜しんで試合をチェックする欧州サッカーマニアとして知られ、引退後はその圧倒的な知識量と戦術理解の深さで、解説者として引っ張りだこに。21年1月末には、東京大学ア式蹴球部の監督に就任。23年10月9日をもって退任するまで、約3年にわたって関東大学サッカーリーグ東京・神奈川1部を戦うチームの指導にもあたってきた。

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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