菅原由勢が鳴らした復活の号砲 アジア最終予選出場ゼロだった男の逆襲が始まる

舩木渉

菅原由勢はインドネシア戦に途中出場して日本代表の勝利を決定づけるゴールを決めた 【写真は共同】

 雷に打たれることでパワーが増す特殊能力を持ったスラム出身のヒーロー「グンダラ」が、日本の巨大怪獣「ゴジラ」を打ち倒す。実際に雷鳴が轟く中で披露された3Dコレオグラフィーは、インドネシア人のサッカーに対する熱意の大きさを象徴していた。しかし、結果はインドネシアのヒーロー漫画のようにはならなかった。日本代表は6万人の熱狂的なサポーターに囲まれた中でインドネシア代表に力の差を見せつけて4-0の快勝。FIFAワールドカップ(W杯)2026アジア最終予選の成績を4勝1分とした。

ジャカルタで思い出した6年前の光景

試合前にインドネシアサポーターが披露した「ゴジラ」と「グンダラ」を描いた巨大幕 【Photo by Robertus Pudyanto/Getty Images】

 本題に入る前に、ここで少し昔の話をしたい。今からちょうど6年前、インドネシアではAFC U-19選手権が開催され、日本は準々決勝で開催国インドネシアを破って翌年のFIFA U-20W杯出場権を獲得した。

 世界への切符を賭けた大一番の会場は今回のW杯最終予選と同じ、ジャカルタのゲロラ・ブン・カルノスタジアムだった。天候も同じ大雨で、U-19代表の試合にもかかわらず約6万人のインドネシア人が押し寄せて圧倒的なホームの雰囲気を作り出していたことを思い出す。

 今回の日本代表メンバーの中で、2018年にインドネシアでのAFC U-19選手権を経験していたのは大迫敬介、谷晃生、橋岡大樹、瀬古歩夢、菅原由勢、久保建英の6人。他にも伊藤洋輝やパリ五輪世代の斉藤光毅もメンバーに名を連ねていた。

 6年の時を経てインドネシアの地に戻ってきた菅原は「まーじで懐かしいですね…なんかいいっすね、ジャカルタ…」と感慨深げだった。

「僕らの時も大アウェイで、インドネシアの圧力がすごかったと思うんですけど、アウェイの僕らの選手も気持ちが上がるスタジアムというか。やっぱり『俺たちが絶対に勝つんだ』という気持ちにさせてくれたのも、あの雰囲気があったからだと思うし。だからああいう難しい試合でも勝ち切れたというすごくいい思い出もある。もちろんインドネシアのサッカー熱はすごいですけど、僕らもサッカーが好きでやっているので、そういう熱があった方が気合いは入る。試合がすごく楽しみですね」

 高揚感とともに闘志をメラメラと燃やしていた菅原だが、この話を聞いた時は再びジャカルタで大きな一歩を刻むことになるのをまだ知らない。

アジア最終予選初出場、そして……

ゴールを決めた菅原由勢には世代別代表時代からの戦友たちが真っ先に駆け寄った 【Photo by Robertus Pudyanto/Getty Images】

 2024年11月15日。大雨が降り頻る中で試合が始まると、日本代表はグンダラのように雷で力を増したインドネシア代表に苦しめられた。特に前半は直前からのスコールで急激に変化したピッチ状況への適応に手間取り、割り切ってロングボール中心のカウンターを狙ってくる相手に何度か危険な場面を作られてしまう。それでも徐々に落ち着きを取り戻すと、35分には華麗な崩しから先制。そして40分にも南野拓実がゴールを奪い、2点リードで前半を終えた。

 ベンチから虎視眈々とチャンスをうかがっていた菅原に出番が回ってきたのは、3点リードになっていた62分だった。9月と10月のアジア最終予選4試合で出場ゼロに終わっていた背番号2は、堂安律との交代で右ウィングバックに入った。

 すると7分後の69分にビッグチャンスが訪れる。下がりながらパスを受けた菅原は、サポートに寄ってきた伊東純也とのワンツーで抜け出し、そのままドリブルでペナルティエリア右に侵入していく。ギリギリまで相手を引きつけつつ、中央の味方の動きも見極めながら、最終的に角度のないところから右足をひと振り。豪快なシュートでGKの頭上を射抜いてゴールネットを揺らした。

「最初に抜けてペナルティエリアに入ったあたりで、中を見た時に動き出しは見えていました。どうやって相手にマークを外させるようなタイミングでクロスを上げようかと考えたけど、思ったよりも(自分の)アクションに対するリアクションも薄かったし、僕自身がボールを運ぶ中でゴールも近くなってきたのでシュートを打とうというので、最後は自分で決心して打ちました」

 独特のガッツポーズで喜びを表現する背番号2のもとには、6年前にもインドネシアの地で共に戦った同世代の瀬古と谷を筆頭にチームメイトたちが続々と集まってくる。出場機会が少なく苦しんでいた仲間を労い、喜びを分かち合う様子は今の日本代表の一体感を象徴しているようだった。「ゴールが入るたびに言っていますけど、みんなが来てくれないだけなので、ようやくみんなの愛を感じ取れた」と菅原は笑みを浮かべる。

「サッカー選手としてやっている以上、11人の出場権を争うので、そこへのライバル心は当然あるけど、今の代表チームはライバル心だけでなくリスペクトしている気持ちもあると、さっき森保監督とも話しました。だから僕の1点をみんなで喜べるのが僕からしたら感動的というか、あんなにみんなが来てくれると思わなかった。その分、おしりを蹴られたり、頭をグチャグチャされたり、よく分からなかったですけど(笑)。みんなが勝ちたいと思っている中で試合に出られない選手のことを考え、みんながみんなチームのことを考えているので素晴らしい雰囲気になっていると思います」

 日本代表に選ばれるためには厳しい競争を勝ち抜かなければならないが、日本代表として試合に出るためにも激しい競争がある。誰もが立ちたいと思う舞台に同時に立てるのは11人だけという現実がある中で、20人以上の集団が同じ方向を見て戦うというのは決して簡単ではない。

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著者プロフィール

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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