稲葉監督から直々「決勝はスタメン外すから」 松田宣浩が語る世界一の舞台裏【第2回プレミア12】

田尻耕太郎

2019年に行われた「第2回プレミア12」で優勝し、トロフィーを掲げる松田宣浩さん 【写真は共同】

 WBSC(世界野球ソフトボール連盟)世界ランキング上位12ヵ国が招待される、野球の国際大会「第3回プレミア12」。11月9日(現地時間)にグループAのオープニングラウンドが開幕。日本が属するグループBは11月13日に初戦が行われ、日本はオーストラリアと対戦する。

 松田宣浩さんはこのプレミア12に2度、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)にも2度出場している。今回は、国際大会の経験が豊富な松田さんに、山本由伸(ドジャース)や今永昇太、鈴木誠也(ともにカブス)、吉田正尚(レッドソックス)など、後にMLBで活躍する選手が多数出場し、日本が初優勝を遂げた、2019年の第2回プレミア12を振り返ってもらった。

スーパーラウンドのメキシコ戦に先発し、勝利投手となった今永昇太 【写真は共同】

――第2回プレミア12は2019年に開催されました。東京五輪のプレ大会のようなムードもあったかと思います。

 大事な大会でした。「金メダルに繋げるぞ」という言葉が、チームのみんなの中からも結構聞かれましたし、稲葉篤紀監督も「(東京五輪は)このメンバーを中心に行く」とミーティングで仰っていました。結果的に東京五輪は1年延期になってしまいましたが。

――この大会の侍ジャパンのメンバーを振り返っていかがですか?

 第1回大会から4年。またガラリと若返りましたが、この時もその後メジャーリーグに移籍した選手がたくさん出ていましたね。山口俊投手(当時巨人)に今永昇太投手(当時DeNA)、山本由伸投手(当時オリックス)。野手も鈴木誠也選手(当時広島)と吉田正尚選手(当時オリックス)。すごいですね。

――松田さんは36歳、最年長選手でした。

 ピッチャーの大竹寛投手(当時巨人)と同学年で、一緒に引っ張る感じでした。

――背番号は7だったんですね。

 これまでとは違う番号を選びたかったんです。5番や3番じゃないものを。で、ラッキーセブンみたいな感じで選んだけど、似合っていませんでしたね(苦笑)。最初で最後の背番号7です

――チームの中での役回りは?

 最年長だから引っ張るのは当然。そして稲葉監督とは2013年のWBCで8番、9番コンビでしたから。その意味でも稲葉監督を勝たせたいという思いは強かったです

――コミュニケーションも取りやすかったのでは?

 はい。2015年の第1回プレミア12では稲葉さんが、2019年の第2回大会では、現侍ジャパントップチーム監督の井端弘和さんがコーチを務めていました。侍ジャパンは組織を完全に刷新することなく、上手く次の世代へ継承している。ここはすごく大事な部分だと思います。

韓国との決戦前夜に下された決断

スーパーラウンドのオーストラリア戦でソロホームランを放った鈴木誠也 【写真は共同】

――第2回プレミア12で記憶しているシーンや出来事などは?

 台中インターコンチネンタル球場で行われた、オープニングラウンドの台湾戦です。現役時代、数多くの試合を経験してきましたが、あの完全アウェーな雰囲気は僕の野球人生でマックスでした。甲子園での阪神戦以上にすごかったです。

 ファンの人数自体は甲子園の方が圧倒的に多いですが、台湾野球の応援は独特で、試合中に応援団長が拡声器を使っていたり、チアリーダーが踊っていたりするんです。おそらく、球場の98%が地元・台湾の応援だったと思うので、めちゃくちゃ緊張しました。

 台湾とは、第3回大会でもオープニングラウンドで激突しますよね。しかも台北ドームだから、第2回大会よりもファンが多いはず。すごい雰囲気の試合になると思いますよ。

 第2回プレミア12の侍ジャパンは、松田の話にもあがった台湾戦を、鈴木誠也の2戦連発となる本塁打と4打点の活躍などで8対1と快勝。オープニングラウンドを3戦全勝で突破した。日本に舞台を移したスーパーラウンドでは接戦続きだったものの、4勝1敗の1位通過で決勝進出を決めた。

 しかし、松田はなかなか打撃の状態が上がらず24打数3安打、打率.125と低迷していた――。


――決勝戦は、第1回大会で悔しい思いをした韓国戦でした。

 はい。ただ、僕は出場していません。その前の試合まで出ていたんですけど、決勝進出を決めた試合後(韓国戦)に稲葉監督に呼ばれまして、「スタメンを外す」と。

――当然、悔しさがあったのでは?

 いや、稲葉監督に感謝しないといけないですよ。そのタイミングで言っていただけたのは、逆にありがたかった。怒る必要も、腐る必要もない。自分の成績が悪かったのに、逆にそこまでずっと使ってもらったことに感謝して、韓国との決勝戦では思いっきり声を出したいという気持ちになりました。

――決勝戦の試合前、必勝の日の丸ハチマキを締めて大声を張り上げていましたね。

 すぐに東京ドームの近くにある「ドン・キホーテ」に買いに行きました(笑)。スタメンを外れて、ベンチの後ろで不貞腐れるなんてありえないと思ったので。これまで、一番元気だった僕が、最後の1試合に出られないだけでそんなことをしてしまえば、今までの自分を否定することにもなる。試合に出られないなら、勝つために声を出したって感じです。

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著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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