「それでも僕たちはプレーしなければならない」 不敗神話継続の久保が吐露した被災地への想い
リハビリ中の選手もボランティアに参加
200人を超える死者を出したスペイン国内史上最大の水害。被災地バレンシアの選手たちも、少しでも復旧の手助けをしようとボランティア活動に参加している 【Photo by Pablo Blazquez Dominguez/Getty Images】
マドリーに初めて加入した日本人選手として大きな注目を集めながら、トップチームでのプレーが叶わなかった当時18歳の久保は、モレーノ率いるマジョルカでラ・リーガデビューを果たす。その時の対戦相手がバレンシアだった。
久保は、この19-20シーズンに35試合・4得点という成績を残し、そこからスペインでの認知度を一気に高めていくことになる。モレーノは欧州での成功の足掛かりを与えてくれた恩師と言っていい。
久保にとってはラ・リーガデビューを飾った思い出のスタジアムであり、3日にマドリー戦が行われる予定だったバレンシアの本拠地メスタージャは、現在フードバンク(食料銀行)施設の役割を担っている。雨風を防ぎながら食料などの支援物資を預かり、被災者に提供する場所として使われているのだ。そこではバレンシアのトップチームの選手たち、DFディミトリ・フルキエやFWルイス・リオハ、FWダニ・ゴメスらはもちろん、前十字靭帯を痛めてリハビリ中のDFティエリ・コレイアまでが――松葉杖をつきながら――、ボランティアとして活動している。
また、8時間で1メートルあたり500リットルという1年分に相当する大量の雨が降ったバレンシア州のチバでは、FWウーゴ・ドゥーロが妻とともに泥かきを手伝っている。同じくそのチバには、MFのペペルが地域の人々が食料を受け取り、食事を作るためのレストランを提供。誰もが、復旧に数カ月はかかるだろうと言われている被災地のために少しでも役立とうと、さまざまな手を尽くしている。
紙面で訴えた「サッカーよりも大事なこと」
セビージャ戦を前に黙とうを捧げるソシエダの選手たち。現在のスペインはサッカーを楽しむ状況にないが、彼らは「それでもプレーしなければならない」のだ 【写真:なかしまだいすけ/アフロ】
「被害はこれで終わりじゃない。第2のDANAが来る。すべてが泥をかぶった後、次に来るのは感染症だ。新型コロナウイルスが終焉し、もう必要がないと思ったマスクを、ふたたびみんなが必要としている」
それでもこの週末、バレンシアはバルセロナへと飛び、エスパニョールとのラ・リーガ13節を戦うのだろう。そしてモレーノのオサスナは火曜日(11月5日)には遠くカディスの地でスペイン国王杯を戦い(対チクラーナ戦/5-0で勝利)、ラ・レアルもまたヨーロッパリーグのプルゼニ戦に臨むため、1700キロ近くも離れたチェコへと向かう。
久保が言うとおり、プロサッカー選手は「それでもプレーしなければならない」のだ。ショーの幕が上がったら、最後までやり遂げなければならない。しかし、理屈では分かっていても、どうにもやりきれないこともある。
3日、『マルカ』紙の表紙を飾ったのは、試合の写真ではなく、洪水ですべてが流された道路に泥にまみれて転がっている一足のサッカーシューズだった。中央には、【マサナサ(バレンシア)9:39】の文字が刻まれ、撮影場所と撮影時間が分かるようになっていた。それだけではない。紙面を開けば、そこには洪水に流された家屋や車の残骸、電気のない場所でそれを人力で運び出す人々、泥にまみれて食事を摂るボランティア、子どもに水を飲ませる母親の姿など、地獄絵図のような写真ばかりが並んでいた。
サッカーの試合分析、スタメン予想、コラムなどはいつも通りに掲載されていたが、それに添える写真に、サッカー選手やサッカーボール、スタジアムやグラウンドは見当たらない。すべてを「サッカーよりも大事なこと」に差し替えることで、今、一番大切なのは何かを訴えたかったのだ。
スペインは今、サッカーの試合結果に一喜一憂し、グラウンドの上で起きていることのみに集中できる日常の大切さを思い知らされている。そして、その一方でプロサッカーの世界は、被災地の惨状に心を痛めながらも、ラ・リーガ、国王杯、チャンピオンズリーグにヨーロッパリーグ、代表戦と、非情なまでのハードスケジュールに追われ、進んでいくのだ。
(企画・編集/YOJI-GEN)