渡来美響が貫いてきた独自の信念 無敗対決で日本最強を証明し、世界を目指す

船橋真二郎

ガッツポーズの理由は――

今年2月、渡来はアリ・カネガに4回TKO勝ちで会心のガッツポーズ 【写真:ボクシング・ビート】

 取材の日を含め、2度目のラスベガス合宿から帰国後の渡来のジムワークを見る機会が何度かあった。新たに加えられたのは地味な練習メニュー。ファイティングポーズを取り、構えた状態のまま前後にゆっくり、ゆっくりと歩を進める。同じように左右に。さらに向きを変えて、また左右に――。

 一見するとボクシングを始めたての初心者の練習のようで、モートンのジムワークを取り入れたものだった。

 要は、前後、サイドにステップする際のバランス、重心移動をしっかり意識し、体に染みつかせるための練習なのだが、練習動画を見て、またモートンの練習を実際に観察し、その意味を考え、自分で実践するうちに、渡来の中でジャーボンテ・デービス(米)、シャクール・スティーブンソン(米)、井上尚弥(大橋)など、一流ボクサーたちの動きがつながり、その本質を理解できたという。

「地味な練習なんですけど、あのステップをやることで『ああ、ここが重要なんだな』というのが分かって、今回、成長できたところもありました」

 昨年の合宿後から継続し、アップデートされた練習もある。1分間のインターバルも動きを止めることなくパンチを繰り出すシャドーボクシングにサンドバッグ打ち。その設定時間が以前の10分強から20分に増えた。

「シャドーにしても総合的にやっていて、向こうでハウスと練習してきたディフェンスの動きを入れたかったんで、時間を増やしたところもあるんですけど」

 シャドーやサンドバッグ打ち、その動きの一つひとつにドン・ハウスから学んだことはもちろん、追い求めてきたボクシングが詰まっている。

 時間を忘れるぐらい集中し、一心に動き続けられるか。いわゆるゾーンに入った状態を生み出すメイウェザーの練習のひとつで、本家は30分以上、これを続けるという。

「ハウスから常に言われるのは、すべてを無意識でできる領域まで練習でやり込むことで、本番で無意識で出るということです」

ファイティングポーズを取ったまま左右にゆっくりステップを踏む。地味な練習にも意味がある 【写真:船橋真二郎】

 成果の一端が表れたのが4回TKOで勝利した2月の前戦だった。アリ・カネガ(比)を痛烈に倒し、レフェリーがノーカウントでストップした瞬間、珍しくガッツポーズしながら雄叫びをあげた。試合後、渡来は「あれはKO勝ちできたから出たんじゃなくて、倒した瞬間、考えるより前に体が反応して、練習してきた無意識の状態が出たからなんです」と照れくさそうに笑った。

 独自の練習を突き詰め、質、量ともに高めてきた自負がある。

「前回は、今までの全部の試合、練習を通しても一番、無意識の状態が出たので。今回は、より上の状態まで持っていきたいですよね」

どんな展開になっても対応できるように

 渡来の1学年上にあたる関根は花咲徳栄高で本格的に競技を始め、拓殖大に進んだ。いずれも強豪校だが、アマチュア時代は18勝20敗。全国的な活躍はできなかった。

 プロでは圧倒的な3戦全KO勝ちで2021年度の全日本新人王に輝き、最優秀選手賞にも選出された。さらに次の4戦目、すでにタイトルマッチを経験していた現・東洋太平洋&WBOアジアパシフィック・ウェルター級2冠王者の佐々木尽(八王子中屋)と6回戦で対戦。1階級上の強打者とダウン応酬の末に引き分け、評価を上げた。

 強打ばかりクローズアップされる関根だが、巧みなブロッキングを駆使したプレス、多彩で的確な左の打ち分けなど、高い技術も備える。渡来とは対照的ながらスタイル的な噛み合わせもよく、緊張感あふれる戦いが予想される。

 が、渡来は「相手どうこうよりも、自分のボクシングをつくり上げることに集中している」と言う。

「もちろん、向こうが勝つために持ち込みたい展開とか、警戒するパンチの種類とか、ある程度のイメージはざっと頭に入れてますけど。凝り固まったイメージを持ち過ぎると、違ったときに戸惑うので。どの試合もですけど、どんな展開になっても対応できるように心がけてます」

 そのための無意識、ゾーンの状態を生み出す練習でもあるのだが、苦闘を強いられた昨年8月のプロ4戦目、サウスポーのウ・ジウ(中国)戦の教訓でもあった。

 カウンター狙いの典型的な待ちのボクシングで、判定でも勝てばいいというタイプ。それが戦前の渡来の分析だった。ところが試合ではまったく違った。面食らいながらも作戦を切り替え、柔軟に対応。勝ち筋を見極め、判定で勝ち切るという経験をした。

 アメリカでは、いつ、誰と何ラウンドやるか、あらかじめ日本のようにスパーリングの予定が決まっていない。その日、その場で突然、決まる。ウ・ジウ戦から2カ月後、大学時代以来となる久しぶりのロサンゼルス、初のラスベガス合宿でも対応力と度胸を求められた。

 今回のラスベガスでも最初のスパーリングは4階級上のスーパーミドル級といきなり組まれた。カーメル・モートンとの手合わせも思いがけず実現したが、もう心の準備はできていた。

ラスベガスの名匠の一貫したメッセージ

メイウェザー・ジムでドン・ハウス・トレーナー(左)とともにスパーリングに臨む 【写真:本人提供】

「僕は、自分のボクシング技術、スピード、パワー、すべてを上げることを一番に意識していて。そのためにラスベガスに合宿に行って、ハウスに教わったり、トップ選手とスパーリングしたり、そこで感じたものをインプットして、また自分のパフォーマンスにつなげられるように練習しているので。それを試合で出せれば、相手が誰だろうと、自然と『渡来は世界レベルだよね』っていう評価をもらえると思ってます」

「自分を信じろ」。前回と同じく、ドン・ハウス・トレーナーは一貫したメッセージを渡来に送り続けたという。スキル、スピード、パワー、ディフェンス力、お前は十分、持っているし、このメイウェザー・ジムの誰より練習している。だから、自信を持て、自分を信じるんだ、と。

 ラスベガスでメインを張れるような選手に。デビュー戦に勝利したリングで表明した目標には前段があった。まずは日本最強になって、そこから――。

 現在のスーパーライト級の日本チャンピオンは李健太(り・ごんて、帝拳/28歳、8勝2KO1分)。無敗の関根幸太朗の先には、アマチュア時代に高校6冠に加え、62連勝の日本記録を打ち立てた、やはり無敗のサウスポーが待ち受ける。

「僕の前回の相手(アリ・カネガ、当時10勝6KO1分)、その前の中国人(ウ・ジウ、当時11勝2分)も無敗で。これだけ続けて無敗の選手とやることはないと思うし、相手に初の黒星をつけるというモチベーションにもなって、当然、日本タイトルにつながるので、いいマッチメークになったなと思います」

 まずは日本タイトルへと至る道で、信じてきたボクシングを証明することはできるか。ここから渡来の世界への挑戦が始まる。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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