井上尚弥が世界記録に迫る、KO必至のバンタム級日本人対決も 「1995世代」の競演にも注目【9月のボクシング注目試合①】

船橋真二郎

スリリングな日本人対決

左から八重樫東トレーナー、武居由樹、大橋秀行会長 【写真:船橋真二郎】

 世界4団体の王座をすべて日本人王者が占め、注目を集めるバンタム級の興味深い日本人対決。ともにKOが売りの武居と比嘉の顔合わせは実にスリリングだ。

 武居の唯一の判定決着は、世界奪取を果たしたジェーソン・マロニー(豪)戦だった。「派手に倒して勝ちたかった」と記念すべき東京ドームの一戦に悔しさをにじませる。一方で、勝つならKOと思われていた武居が最終盤までマロニーをほとんど寄せつけず、ポイントで大きくリードした試合運びの巧さ、距離感を高く評価する声は多い。

 懸念されたのは最終12回に攻め込まれ、あわやのピンチに陥ったことだが、八重樫東トレーナーは「ガス欠などではなく、体が動かなくなった」と明かし、原因は分析済みで問題なしを強調する。

 王者の武居、挑戦者の比嘉ともに距離を勝負を分けるポイントに挙げる。数字の上では身長で約7cm、リーチで約10cm、サウスポーの武居が上回る。

「(比嘉は)近い距離を狙ってきて、回転が速くて、パワーのあるパンチを打ち込んでくると思うので、いかに大吾さんの得意な距離に入らせず、自分の距離から強いパンチを当てて、倒すかがポイント」(武居)

「(武居の印象は)いちばんはパンチ力。踏み込み(の速さ)とバネがある選手で、距離の取り方もいいので。離れてる距離だと武居くんの倒しっぷりが出ると思うし、どれだけ自分が入って、距離を潰せるか」(比嘉)

 マロニーが距離を詰められなかった要因のひとつに挙げられるのが「パワー任せではなくて、瞬間的にグッと力を合わせる、ピントを合わせる能力がすごい」と比嘉の野木丈司トレーナーが評した武居のピンポイントブローの威力だろう。

 一瞬の踏み込みから放たれる武居の左ストレート、左ボディ、タイミングの読みづらい独特の右フック、リーチのある右ジャブに阻まれ、警戒心を植え付けられて、懐に潜り込めなければ、比嘉は厳しい展開を強いられる。

 野木トレーナーは「復帰後では、初めて気持ちが体についてきてるんじゃないかと思います」と愛弟子の“変化”に期待を込める。サウスポーに対する距離の詰め方はいくつも準備してきたが、リングで実行できるか。すべては比嘉の気持ち次第と見ている。

 日本人史上初の全勝全KO勝ちで世界奪取した比嘉が体重超過で王座をはく奪されたのは周知のことだが、失ったのはベルトだけではなかった。

勝負を分けるのは……

左から比嘉大吾、野木丈司トレーナー 【写真:船橋真二郎】

 それまで厳しい練習に無心で食らいついてきたはずの比嘉が、きついところで投げ出したり、力を抜いたり、気持ちが入りきらなくなった。「減量ミス、そこに至るまでの日々が、それほどのトラウマだったんでしょう」と野木トレーナー。「天から1本の“蜘蛛の糸”がぶら下がったと感じた」と一筋の光が射したのは、武居戦が決まる前だった。

 その日、ハードなサーキットトレーニングをやり切った比嘉が「自分に勝つって、気持ちいいですね」と漏らしたという。以来、復帰後にはなかった気持ちの“乗り”で練習を積んできた。「僕しか分からない感覚」(野木トレーナー)とパンチの質も「本来の大吾」に戻ってきた。

 2階級上のバンタム級では以前のように倒せなくなった比嘉が、直近2戦はタイの世界ランカーをいずれも4回で鮮やかにフィニッシュした。新たな階級にフィットしてきたとポジティブに捉えられたが、「ここ2試合の大吾とも、今の大吾はまったく違う」と野木トレーナーは力を込める。

 まだフライ級時代、野木トレーナーが比嘉を評して、「リングに上がると目の色が変わる。獲物に襲いかかる肉食動物になる」と話していたことがある。6年5ヵ月ぶりに立つ世界戦のリングでまた一段、変わるのか。最後のピースが埋まれば、武居には脅威になる。

 試合をさらに興味深くするのが、両陣営が野木トレーナーの階段トレーニングに参加してきた練習仲間でもあること。特に八重樫トレーナーは現役当時からの関係で「大吾とは長いので大体、分かる」と比嘉のクセを熟知する。想定済みの野木トレーナーがどう逆手に取るのか。両参謀の授ける策が流れを左右する可能性もある。

 これが初防衛戦となる武居だが、「K-1チャンピオンとして、負けたら終わりぐらいの気持ちでボクシング界に来たので。今回の試合がどうというのはない」と強い覚悟を示す。この階級ではキックボクシングで無敗を誇り、“神童”と呼ばれた那須川天心(帝拳)が急速に存在感を増しており、将来の対戦がファンの興味を駆り立てている。

 武居がニューヒーローへの階段を上がるのか。かつてスターへの道を歩んでいた比嘉が復活を遂げるのか。KO必至の日本人対決の行方に目をこらしたい。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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