小田凱人「I am a Dreamer 最速で夢を叶える逆境思考」

小田凱人の「ルーティン」に対するこだわり 自らの“儀式”を続けたことで変化した日本の車いすテニス界

小田凱人

【Photo by Moto Yoshimura/Getty Images】

17歳の若さでその名を轟かせた、小田凱人(おだ・ときと)。
9歳のとき、左脚の骨肉腫を手術したことで車いす生活を余儀なくする。「サッカー選手になりたい!」という夢は絶たれたが、偶然出会った車いすテニスでいま世界中から大注目を集めている。驚くべきはラケットを初めて手にしてから、わずか8年での偉業達成である。

◎なぜ、驚異的な記録を短期間で達成することができたのか?
◎なぜ、大病を患ったのに前向きでいられたのか?
◎なぜ、厳しい世界で勝ち続けられるのか?
◎なぜ、プロでも「楽しさ」維持し続けられるのか?

本書は、小田凱人の人生をひとつずつ紐解きながら、「最速で夢を叶えた秘訣」を明らかにする。
小田凱人著『I am a Dreamer 最速で夢を叶える逆境思考』から、一部抜粋して公開します。

僕だけのルーティーン

 スペイン出身のテニス選手、ラファエル・ナダルについて紹介したい。

 彼は、「クレー・キング」という異名を持ち、全仏オープン男子シングルスで14回の優勝回数を持つ(2024年4月時点)。この数字は、全仏の優勝回数で1位となっている(「クレー」とは、全仏オープンで使用される土のコート〈クレーコート〉に由来している)。

 また、全豪、全英、全米の優勝回数を合計すると、22回で歴代2位だ。

 彼の魅力はたくさんある。

 まずは何といっても、屈強な体格から放たれる強烈なフォアハンド。他の選手を圧倒するスピン量で、ネットを越えたあたりから急激に落下して、バウンドはとてつもなく高い。

 また、精神面もすさまじい。

 どれだけ崖っぷちまで追い込まれても、決して諦めずに相手に立ち向かう。そこから逆転で打ち勝つ試合を何度も演じてきた。特筆すべきは、ラケット破壊を一度も行ったことがない点だ。これはテニスの歴史上でも、伝説となっているほど。

 試合で追い込まれることで精神的な苦痛や苛立ちがつのると、多くの選手は八つ当たりをしてしまう。とくに、ラケットを地面に何度もたたきつけて、ストレスを発散する選手が後を絶たない。もちろんラケットは粉々に砕けてしまうし、印象も最悪だ。観客からも当然、ブーイングが飛ぶ。

 しかし、ナダルは違う。

 どれだけ苛立ったとしても、八つ当たりはぜったいにしないのだ。これがナダルが人々 を魅了する人間力なのだ。
 さらに彼は、もう一つ伝説を持っている。

 それは、試合中に行う膨大な「ルーティン」だ。

 ルーティンとは、「習慣」ともいえるのだが、試合のなかでの行動をルール化していること。集中力を高めたり、ゲンを担いだりする意味合いで行われる儀式的な動作だ。ナダルはそのルーティンが異常なまでに多く、しかも独特なことで有名なのだ。

 例を挙げると、

・ベンチで飲むドリンクは2種類。飲んだあとは、地面に同じ向きに並べる
・プレー中を除いて、コート内に入るときは必ず右足から踏み入れる
・サーブを打つ前に、ズボンの食い込みを直して、左肩、右肩、左耳、右耳、鼻を触る

 これらはほんの一部で、他にもたくさんのルーティンを織り交ぜながら試合に臨んでいるといわれている。

 ちなみに、僕にもルーティンがいくつかある。せっかくなので、ここで紹介しよう。

【試合前】

・試合で使うウェアやテニスシューズは、試合以外では着用しない。たとえば、ホテルから会場への移動の際などでも身につけない。

・コートに入場したら、ラケットバッグをベンチに置く。そのとき、「小田凱人」の名前の刺繍とスポンサーパッチがコート側に向くように置く。

・ラケットバッグを開けたとき、なかに入れているラケットは全部で6本、手前から3本分が新品で、奥の3本が使用中のもの。

・バッグに入っているラケットのうち、試合で最初に使用するものだけ、メーカーのロゴがプリントされている面を上に向けて収納している(残りはメーカーロゴが下向き)。

【試合中】
・サーブを打つ際、まずボールキッズ(※1)からボールを4球受け取る。そこから3つに絞って、残り1球はボールキッズに返す。

・ボールを選ぶ基準は、以下の点を考慮する。
①直前のポイントで使用したボールは使わない。
②一番汚れているものは使わない。
③ 毛羽立ちが少ないものを選ぶ。

・サーブのモーションに入る前に、ボールを地面につく回数は、ファーストサーブは4回で、セカンドサーブは6回。

※1 コートの脇でボールを拾ったり、選手へ渡したりする少年・少女。
 僕にとってルーティンは、「勝ち続けるため」に必要な儀式だ。試合は、相手との駆け引きで勝敗が決まる。つまり、相手が次になにを仕掛けてくるかという未来を予測しながら、行動をしなければならない。相手選手の動きに全集中しなければならない。つまり試合の展開は、僕の力だけではコントロールできない要素である。

 であれば、「試合」以外の要素は、すべてルーティン化してしまいたいのだ。そうやって物事をシンプルにすることで、相手のことにだけ集中できるのだ。

 ルーティンといえるかどうか難しいところだが、これ以外にも、僕は自分のショットによってエースを獲得した際に、大きな声で「カモン!」と吠えて、ガッツポーズを取っている。が、じつはジュニア時代に一度物議をかもしたことがあるのだ。無意識だったのだが、ガッツポーズを取る際にどうやら相手を見ながら行っていたようだ。それが威圧的だということで、試合後にクレームがついた。

 じつは、国内の地域で行われる車いすテニスの大会は、ガッツポーズを取ったり、激しく吠えたりするような派手なパフォーマンスをする選手はほとんどいなかった。

 そこに僕はずっと違和感を抱いていた。寂しいというか、健常者のテニス界と比べてとても静かな世界だなという気持ちだった。

 一方で車いすテニスの世界的な大会を見ると、みんな闘争心むき出しで、ショットでも声を張り上げ、ガッツポーズも派手なのだ。

 そうした世界も含めて僕は車いすテニスに憧れていたから、周りが何と言おうと自分の思うパフォーマンスを取り入れていった。そのために相手側のチームメイトからクレームが入ってしまったという経緯だ。

 もちろんパフォーマンスをやってはいけない、というルールはない。だが、これまでの国内の車いすテニス界の慣習というか、それまでにないキャラクターが突然現れたので、受け入れがたかったのだろうと思う。

 けれども僕は、そこでめげたりはしなかった。

 周りが何と言おうとも、自分が「やりたい」と思ったことだったからそれを最優先したかった。闘争心をむき出しにし、勝つことに集中するための僕なりの「儀式」なのだ。

 当初、国内の大会では、僕以外の選手が派手なパフォーマンスをしているのをほとんど見かけなかったのだが、やがて1人また1人と、パフォーマンスをする方が増えていった。今では車いすテニスのジュニアたちは、ほとんどが情熱的にテニスをしている。うれしい感情を爆発させたり、ガッツポーズを取ったりすることも当たり前になった。

 もしあのときのクレームによって、ガッツポーズや吠えることをやめてしまっていたら、今の車いすテニス界はもっと静かな世界だったかもしれない。

書籍紹介

【写真提供:KADOKAWA】

17歳の若さでその名を轟かせた、小田凱人(おだ・ときと)。
9歳のとき、左脚の骨肉腫を手術したことで車いす生活を余儀なくする。「サッカー選手になりたい!」という夢は絶たれたが、偶然出会った車いすテニスでいま世界中から大注目を集めている。驚くべきはラケットを初めて手にしてから、わずか8年での偉業達成である。

◎なぜ、驚異的な記録を短期間で達成することができたのか?
◎なぜ、大病を患ったのに前向きでいられたのか?
◎なぜ、厳しい世界で勝ち続けられるのか?
◎なぜ、プロでも「楽しさ」維持し続けられるのか?

本書は、小田凱人の人生をひとつずつ紐解きながら、「最速で夢を叶えた秘訣」を明らかにする。
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著者プロフィール

 2006年5月8日生まれ。愛知県出身。9歳のときに骨肉腫になり車いす生活に。10歳から車いすテニスを始め、数々の偉業を最年少で達成。2023年、全仏オープンでグランドスラム史上最年少優勝(17歳1か月2日)&最年少世界ランキング1位(17歳1か月4日)を達成し、ウィンブルドンも制覇。  名実共に、車いすテニス界の次代を担うトッププレイヤーとして国内外から注目されている。東海理化所属。世界シニアランキング1位、世界ジュニアランキング1位(2024年4月1日現在)。

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