レスリング女子50キロ級では、絶対的な金メダル候補が初戦で不覚を取った。須崎優衣は東京五輪の同級金メダリストで、しかも相手に1ポイントも与えないほど相手を圧倒した選手。海外選手との通算対戦成績が94勝0敗。国際大会には24回出場して、すべて制している。

　そんな25歳の女王が、6日（以下、現地時間）の1回戦でビネシュ・ビネシュ（インド）に敗れた。さらに試合内容も劇的だった。

　ビネシュは開始直後から須崎に潜り込まれぬよう、なるべく組み合わぬよう、腰が引けた状態で試合を進めていた。結果として第1ピリオドの3分で二度「パッシブ（消極的姿勢）」を宣告され、須崎に2ポイントを与えている。

　だが、ビネシュは試合終了間際の第2ピリオド残り30秒を切った頃から攻勢に出た。そして「残り10秒」のタックルで須崎を仕留める。須崎は思わず背中をマットにつき、試合は2-2の同点となった。

　五輪のレスリングは「同点の場合は後からポイントを取った選手が勝つ」ルールで、そのままいくとビネシュの勝利だった。須崎陣営は判定へのチャレンジを申し出たが、その失敗でさらに1ポイントを失う。須崎は2-3でビネシュに敗れ、世紀の番狂わせは起こった。

　須崎は試合から約1時間後に報道陣の前へ姿を現した。姿勢を正し、表情を崩さず堂々と語っていたが、まだ声に震えの残る「涙声」状態だった。

「東京オリンピックからの3年間は家族とかチームメートとか、東京オリンピックの前よりも多くの方々に支えてもらって、応援してもらって、戦ってきた3年間でした。皆さんの時間と努力をすべて無駄にしてしまったので、申し訳ない気持ちでいっぱいです」

　敗戦直後のショックもあるのだろうが、コメントから痛々しさが漂っていた。

「オリンピックのチャンピオンになるため、本当に人生を懸けて（時間を）レスリングだけに費やしてきたのですが、それでもチャンピオンにはなれなかった。何が足りなかったのか、どうしたらオリンピックチャンプになれるのか、もう一度見つめ直したい」

　レスリングの内容については、素直に相手の実力を認めていた。

「相手の戦術にうまくハマってしまって、自分の良さが出せませんでした。負けた試合でしたし、負けるパターンにハマってしまったって感じです。マットの上に立ちながら、現実なのか分からなかったです。初めての対戦だったので、どういうタイプなのか分かりませんでしたが、しっかり対策も研究もしていました。ただ自分がやるべきことが出せず、ああいう試合になってしまいました」

　柔道女子52キロ級の阿部詩もそうだったが、オリンピックの大舞台では圧倒的な実力の持ち主がこういう負け方をする。強者にとっては優勝までのワンステップだが、相手にとっては「人生を懸けた大勝負」なのだろう。徹底的に研究し、レスリングならば高いモチベーションを6分間にぶつけてくる。五輪の魔物は絶対的女王、絶対的王者に冷たい。

　その時点で須崎の敗者復活戦進出は決まっていなかったが、金でなく「銅メダル」を目指す戦いについてはこう述べていた。

「もしチャンスがあるならば、最低限のことはやらなければいけません。自分が欲しかったのは金メダルでしたが、もしチャンスがあるならば、銅メダルをかけた戦いを、ここまで支えてくださった方々のためにやり遂げたい。恩返しは全くできませんが、皆さんのために頑張りたいと思います」