痛恨の1回戦負けから須崎優衣が気づいたこと レスリングの「前女王」がつかんだ再起の銅メダル

大島和人

敗戦後に届いた励ましのメッセージ

試合の直後はネガティブな感情が強かった 【写真は共同】

 須崎はその後、ビネシュが決勝進出を決めたため7日の敗者復活戦に出場する権利を得た。さらにビネシュが重量超過で失格となった余波で、敗者復活戦の1回戦を経ずに3位決定戦へ登場。オクサナ・リバチ(ウクライナ)から背後を取るテイクダウン、相手をひっくり返すローリングといった技で次々にポイントを稼ぐと、第2ピリオド早々に10ポイントのリードを確保してそこで試合終了となった。

 銅メダルの喜びは控えめで、突き上げる右手は遠慮気味にも見えた。応援席に両手を合わせる姿は、感謝にもお詫びにも見えた。ただ記者の前に姿を現した彼女は、前日に比べると明らかに気持ちの雲が「晴れた」様子に見えた。

 須崎は試合に臨むマインドセットをこう振り返る。

「昨日はこの3年間がもうすべて否定された、無駄な時間を過ごしてしまったという気持ちと、いろいろな方々の努力も私のせいで無駄にして申し訳ない気持ちと、喪失感でいっぱいでした。今日はせめて勝って終わることによって、少しでも自分を肯定してあげたいなと思って戦いました」

 1回戦から一晩明け、敗者復活戦の前にして、彼女はこんな気づきを得ていた。

「(1回戦の敗戦で)パリオリンピックの金メダル、オリンピック4連覇を達成という2つの夢が同時に消えてしまいました。だけど自分が思っている以上に、みんなは須崎優衣というひとりの人間を応援してくれていて、負けたにもかかわらず応援、励ましのメッセージを送ってくれた方々が多かった。それは身内もそうですし、世界中のレスリングファンの皆さんがそうしてくれました」

決して下がらない須崎の「価値」

敗戦の直後から「4年後」への意欲を口にしていた 【写真は共同】

 須崎というアスリートの価値が、ひとつの敗北で消えるわけではない。個人スポーツもチームスポーツも「本当のファン」ほど、応援対象が追い込まれたときに普段以上のサポートをする。須崎にもそんな身内、ファンがいた。

 彼女はこう続ける。

「『オリンピックチャンピオンの須崎優衣でなかったら、もう価値がないのではないか』と思っていたのですが、ひとりの人間として応援してくださる方が多いことに気づけて『本当に私は幸せだな』と感じました。もう一度、4年後(ロサンゼルス大会)にオリンピックチャンピオンになって、皆さんと一緒に喜び合える日まで、また戦い続けたいなと思いました」

 スポーツには必ず勝者と敗者がいて「普通のアスリート」は敗北からもさまざまなことを学ぶ。須崎は世界の中でも稀有な負けの経験がない存在で、しかもパリ五輪に日々のすべてを注ぎ込んでいた。だからこそ、敗北直後は絶望と拒絶反応があったのだろう。

 しかしファンの多くは須崎の結果でなく「努力」「姿勢」を見ている。挫折を糧に、さらにもう一回り成長する過程を見守りたいと願っている。五輪チャンピオンでなくなった須崎は、きっと今まで以上に「推しがい」のある存在となるだろう。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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