インターハイ「夏のベスト4」が出揃う 玉田圭司監督率いる昌平は因縁の準決勝へ挑む

川端暁彦

玉田監督率いる昌平は、「4強」の歴史を塗り替えられるか

真剣な表情で戦況を見つめる昌平・玉田監督 【撮影:川端暁彦】

 試合後、選手たちを座らせた玉田監督は熱い言葉を投げ掛けた。

「どうしてこれを前半からやれなかった?」

 ただ、別にネガティブな言葉をぶつけたというわけではない。

「でも、こういう試合で自分たちのポテンシャルみたいなものの大きさを俺も感じたし、選手たちも感じられたと思う。僕にとってもそうだし、選手たちにとっては単なる1勝ではないなと思っています」

 全国屈指の堅陣を誇る桐光を圧倒して切り崩して追い付けたのは、チームの財産、自信になるという確信もあるようだった。

 昌平はこれで総体に5度出場し、4度の4強入りという驚異的な「夏の強さ」を見せ付ける結果にもなった。ただ、4強の先には一度も進めていないという結果でもある。この点について玉田監督にぶつけてみると、ニヤリと笑ってこう返してきた。

「俺はそんなの知らない」

 ここから勝敗を分ける要素は「細かい部分」と強調しつつ、「今年から昌平の監督になって、それ(4強超え)にチャレンジできるのはすごく良いこと」と前向きに捉える。

 ちなみに玉田監督は習志野高校時代にも総体で4強を経験。日本一も期待されたチームだったが、玉田監督は「ケガで準決勝に出られなかった」中で、無念の敗退に終わった。

 当時のチームメイトたちが現在は昌平のスタッフとして脇を固めている体制のため、玉田監督は「俺が痛み止めを飲み忘れて試合に出なかったと、いまだに言われている」と苦笑い。「その悔しさもちょっとは残っている」と、26年前の記憶も交えつつ、あらためて”夏の4強超え”に挑むことになる。

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著者プロフィール

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある

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