奇跡の“大逆転”金メダル劇はなぜ生まれたのか? 体操ニッポンを踏みとどまらせた驚異の「チーム力」

大島和人

橋本を踏みとどまらせた仲間たち

あん馬の演技を終えた直後の橋本は落ち込んだ様子を見せていた 【写真は共同】

 萱は最終種目の鉄棒をこんな思いで迎えていた。

「オリンピックという舞台、そして体操競技の特性上、本当に最後まで何があるか分かりません。あの段階でも厳しい展開に変わりはなかったと思いますが、でも『諦める理由』がなかった」

 日本チームは諦めなかった。そして全員で戦っていた。水鳥監督はこう説明する。

「とにかく声出そうと。プレッシャーがかかる中でいい演技ができるように励ますこともそうだし、その励ましが中国にプレッシャーかけることになる。その二つの意味で、とにかく声を出して行こうと前日に話をしていました」

 橋本の演技を前に、4選手とスタッフは円陣を組み、背中を叩いてエースを送り出した。橋本はこう振り返る。

「みんなの思いを背負って戦いたくて、1人ずつ『ちょっと弱めに背中を叩いてください』『思いだけ強めに』とお願いしました。一番強かったのは萱選手ですけど(笑)」

 苦境の橋本を奮い立たせたのが、チームの力だった。

「順風満帆かなって思えば、5月に怪我をして、そこから代表合宿が始まって、自信を失いかけていました。『金メダルをどうやって取るのか』を考えられないまま合宿に向かって、でも練習場のドアを開ければみんながオリンピックで金メダルを取りたいという練習をしていました。その姿を見て僕はもう一度『このチームのために戦いたい』と思えました。2日前の予選はまったくうまくいかなくて、正直ちょっとしんどくて、でも昨日のラストミーティングはみんなで最後話し合えて、やはり『みんなのために戦いたい』『みんなで金メダルを取りたい』と心の底から思えて、気持ちを切り替えられました」

 あん馬で大きなミスを犯したときも、責めたり、慰めたりするのでなく前向きに「励ます」仲間たちがいた。

「落ちた瞬間は『自分のせいでまた金を逃したかも』と思ったんですけど、戻ったときには萱選手と杉野選手が『諦めんな』『まだ行けるぞ』とずっと言ってくれました」

 橋本は記者を前に「ちょっと長くなりますが」と前置きして、一人語りを始めた。「最後にこれだけは言いたかった」と締めたのがこの言葉だ。

「僕は本当にみんなにありがとうと言いたいです。みんなは僕にありがとうと言ってくれるけど、みんなのおかげで橋本大輝は奮起できました」

「団体」だからこそ生まれた力

チームの思いを背負って臨んだ橋本の最終演技だった 【写真は共同】

 岡、杉野の2人は初の五輪だったが、堂々とミスなく本来の力を発揮していた。20歳の岡は振り返る。

「キャプテンからずっと『絶対に諦めるな。行けるぞ』と言葉をかけてもらって、それがすごく染みていました。緊張感の中で、ゾクゾクする感じが楽しく感じました」

 まもなく23歳の誕生日を迎える橋本はいう。

「演技前はやはり怖いですね。東京のときもそうでしたけど、自分の演技でメダルの色が決まってしまうのは正直しんどかったんです。でも最後は杉野選手も岡選手も(同じ状況で)戦っていく姿を見て『初代表の2人はなぜこんなに強いんだ』と思いました(笑)」

 踏みとどまったエースは、最終種目をこう振り返る。

「会場のニッポンコールが聞こえて、自分はすごくやりやすくなって、前向きになれました。『僕は幸せだな』と、演技前から思っていました。着地は一歩動いてしまって悔しかったんですけど、スタンディングオベーションで立ち上がる観客の皆さんを見て、『この瞬間、最高だな』とも思いました。演技前から若干目が潤んでいて、着地を決めた瞬間は一気に何かすごくグッと来て……。言葉で表しづらくて申し訳ないんですけど、なんか幸せでしたね」

 奇跡は簡単に生まれないが、その確率を高めることはできる。日本は奇跡をつかむための努力、準備をしていた。皆が迷い苦しむチームメイトを励まし、奮起させる。先輩が若手を励まし、のびのび演技できる環境を作るーー。そんなチームだったからこそ、日本は最後まで踏みとどまれた。

 最終種目の鉄棒では1人目の杉野や、2人目の岡がいい演技をして中国への圧を強めた。そして橋本はみんなの思いを背負って最後の演技に臨んだ。

 萱は今回の日本チームをこう評する。

「選手とコーチのコミュニケーションがすごく取れて、建設的な話し合いと決定が合宿のときからできていました。熱さと冷静さを両方兼ね備えたチームでした」

 個人総合、種目別で金メダルをすでに得ていた橋本だが、団体総合の金メダルにはまた別の感慨を持っている様子だった。

「マジで嬉しいですね。1人で取るものと違って、横を見ればみんなが笑っていて、みんなが死ぬほどハグして、さっきハグしたのになんかもう一度ハグしたくなったり、握手したくなったり……。団結をさらに深めてくれる、みんなをさらに上へ行かせてくれる金メダルなのかなと思えます。個人総合で取ったときにはない気持ちが出てきました」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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