慶應高校野球部―「まかせる力」が人を育てる―

「個人主義の若者」だった慶應高・森林監督 「高校野球らしさ」に疑問を抱いた原体験とは?

加藤弘士(スポーツ報知)

【写真は共同】

「高校野球の常識を覆す!」を合言葉に、慶應高校野球部は107年ぶりに全国制覇を成し遂げた。彼らの「常識を覆す」チーム作りとは、どんなものなのか? なぜ選手たちは「自ら考えて動く」ことができるのか? 選手、OB、ライバル校の監督等、関係者に徹底取材。見えてきたのは、1世紀前に遡る「エンジョイ・ベースボール」の系譜と、歴代チームの蹉跌、そして、森林貴彦監督の「まかせて伸ばす」指導法だった。

 歓喜に湧いた全国制覇から1年、慶應高の歴史に迫った書籍『慶應高校野球部:「まかせる力」が人を育てる』(加藤弘士著)から一部を抜粋して掲載します。

高校時代は「むかつく選手」

 慶應高校時代の「森林貴彦内野手」を、現在の森林はどう評価するのか。

「むかつく選手だと思いますよ。基本的に自分のことしか考えていなかった。まわりにいい影響を与えようとか、声をかけて励まそうとか、そういうのは全然なくて『自分のことをちゃんとやっていればいいんでしょ』みたいな。何か職人的な選手ですよね。『自分の仕事はやりますよ。何か文句ありますか』という。チームにプラスアルファを与えるような選手ではなかったと思います」

 謙遜かと思っていた。しかし……そうでもないようだ。

 慶應高校野球部監督として現役時代の森林を指導した上田が、当時を回想した。

「捕手がいなかったので、肩が強くて捕球の上手(うま)い森林をショートからコンバートしたんです。普通、監督に言われたら一生懸命やりますよね。ところがやる気なさそうにキャッチャーの練習をやってるんです(笑)。もう、あからさまに『嫌です。僕はショートです』って感じで。しょうがないから、戻しましたよ」

 その言葉を伝えると、森林も苦笑した。

「本当にその通りですよ。チームとしてのバランスとか全然考えていなかった。まわりが全然見えていない。今なら、上田さんの気持ちがわかります(笑)」

 主将でも副将でもなく、我が道を行く個人主義の若者が変化を遂げるのは慶大進学後、慶應高校の学生コーチに就任してからだった。

「学生コーチ」で自分本位から相手本位に

 学生コーチは慶應高校ならではの制度だ。卒業した大学生が指導者として母校のグラウンドへ教えに来る。大学の日吉キャンパスと慶應高校の日吉台野球場は同じ敷地内にあり、アクセスも容易だ。

「大学の野球部で活躍できるイメージは正直、描けませんでした。一方で高校野球は好きだったし、上田監督が来て高校野球がおもしろくなった。学生コーチとして上田さんや後輩たちと一緒に、夢の続きをやりたいなと思ったんです」

 法学部法律学科の授業を終えると野球部のグラウンドに向かった。熱血漢の同期と二人で内野手を担当した。冷静沈着に選手を見つめ、チームを見渡して助言を行った。自らが発した一言で高校生が変化する。上手くなる。森林はコーチ業の虜になった。

「コーチをやることで、今までの自分本位から相手本位へと立場上、変わらざるを得なくて。それが全く苦にならなかったんです。目の前で選手が成長していく、チームが良くなっていく。これって楽しいなあって。かなりやりがいになっていましたね」

 就職活動はメーカーやインフラ系を中心に回った。バブル崩壊後、就職氷河期のまっただ中だったが、内定先はNTT。森林が4年生だった1995年当時、時価総額世界ランキング第2位の企業であった。

「高校野球は学生時代までで、次はもうビジネスマンになるつもりだったんですよね。教員免許も取っていなかったですし」

 大学4年、学生コーチとして迎えた「最後の夏」。慶應高校は勝ち進んだ。まだ推薦入試制度もなかった頃。内部進学組と一般入試組のみのチームは3年生の吉原大介、2年生の佐藤友亮(ともあき)と好投手二人を擁し、32年ぶりに神奈川大会決勝に勝ち進んだ。日大藤沢に2-4で敗れ、1962年夏以来の甲子園には届かなかったが、横浜スタジアムの客席から見つめていた森林の胸中には、熱いものがあった。

「ああ、ここまでチームが来られたんだ。高校生ってこんなにガンガン成長するんだって。それに携わることができた喜びですよね。一方で、悔しくて。やっぱりあと一歩、届かないんだって。もうちょっと続きをやらないと完結しないな、もうちょっと先まで行きたいなと思いながら、卒業した感じですね」

1/2ページ

著者プロフィール

1974年4月7日、茨城県水戸市生まれ。水戸一高、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、1997年に報知新聞社入社。2003年からアマチュア野球担当としてシダックス監督時代の野村克也氏を取材。2009年にはプロ野球楽天担当として再度、野村氏を取材。その後、アマチュア野球キャップ、巨人、西武などの担当記者、野球デスクを経て、2022年3月現在はスポーツ報知デジタル編集デスク。スポーツ報知公式YouTube「報知プロ野球チャンネル」のメインMCも務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント