仙台育英・須江航監督×多賀少年野球クラブ・辻正人監督 日本一の監督対談<前編>「勝利主義と勝利理想主義」

大利実

軟式少年野球の全国大会で3度の優勝経験を持つ辻正人監督(左)と、中学軟式野球と夏の甲子園でチームを日本一に導いた須江航監督(右)。カテゴリーは違えど、育成年代の指導者として大きな成功を収めている二人が初めて顔を合わせた 【YOJI-GEN】

 滋賀県の多賀少年野球クラブを率いて3度の日本一経験を持つ辻正人監督と、2014年夏に中学軟式野球で日本一(秀光中時代)、2022年夏に甲子園優勝を成し遂げた仙台育英高の須江航監督のスペシャル対談が実現した。最高峰の舞台で結果を残している二人の名将は、どのような信念を持って、育成年代の指導に当たっているのか。今回の前編では、「日本一を目指す意義」をテーマに、互いの考えを語ってもらった。

個の育成を重視してから辿り着いた日本一

――今回が初対面だそうですね。ともにメディアで取り上げられることも多いですが、それぞれに持っていた印象はありますか。

辻正人監督(以下、辻監督) メディアを通して、さまざまな考え方や野球観を見聞きしていましたが、じつは今、多賀少年野球クラブの卒団生がひとり、お世話になっています。彼のお父さん、お母さんから、「本当にいい先生で、野球を通じて野球以外のことをたくさん教えていただいています」という話を聞いていて、もうそれが一番ですね。

須江航監督(以下、須江監督) いえいえ、ありがとうございます。高田庵冬というとても身体能力の高い選手をお預かりしています。私は秀光中の監督をやっているときから、辻さんのことを一方的に知っていました。指導法を参考にさせてもらったことも多く、私の中では大監督です。中学生、小学生と、カテゴリーが下に行けば行くほど、体の大きさに個人差があり、個に寄り添ったメニューの提供や声掛けが必要だと思っているので、少年野球を教えている方の指導法はとても勉強になります。

――お二人の共通点は、監督として日本一を獲っていることです。辻監督は3回、須江監督は中学・高校で1回ずつ。それぞれの世代で、勝ちを目指す意義をどのように捉えていますか?

辻監督 一昔前と今の私では、やっていることがまったく違います。かつては、勝つことによって部員が増えると思い込んでいました。でも、全国大会に出ても部員は増えない。少年野球で勝ちにこだわろうとすると、戦略に走るようになるのですが、全国大会では準優勝止まりで日本一にはなれませんでした。親御さんは何を求めているのか。アンケートを取ると、一番求めているのは「子どもの能力を上げてほしい」ということでした。そこから、練習メニューをガラッと変えて、個の育成に重きを置くようになったところ、日本一になることができました。私の中では、「勝とうと思ったときには勝てなくて、勝とうと思わなくなったときに日本一になれた」という感覚があります。

須江監督 秀光中時代の話をすれば、中学生のときに「物事の原理原則を学んでほしい」という考えを持っていました。「日本一」というもっとも高い目標に向き合ったときに、どんな手順を踏んで、どんなレベルで実行していくことが成果を生み出すことにつながるのか。成功を目指したときに、通らなくてはいけない道筋があるわけです。その過程のなかで、“苦しい”と言うとちょっと大げさですが、“うまくいかないこと”も必ず出てきます。多くの中学生や小学生は、うまくいかないことを経て、何かを獲得できたときの喜びや楽しさにまだ気づいていません。「困難を乗り越えた先の楽しさ」を、早いうちに見つけてほしい。『勝利至上主義』ではなく、『勝利主義』のなかで多くのことを学んでほしいと思っています。

辻監督 私が掲げるのは『勝利理想主義』です。勝つことが指導者にも子どもにも保護者にも、大きなエネルギーになるのは間違いありません。でも、勝つことだけにこだわって、個の育成が疎かになるとそれは親御さんが求めるものとは違ってきます。かつては、「勝ったらすべてが正解」という『勝利至上主義』の時代もありましたが、今は「取り組みの結果として、勝てればいいやないか」という位置に落ち着いています。

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著者プロフィール

1977年生まれ、横浜市出身。大学卒業後、スポーツライター事務所を経て独立。中学軟式野球、高校野球を中心に取材・執筆。著書に『高校野球界の監督がここまで明かす! 走塁技術の極意』『中学野球部の教科書』(カンゼン)、構成本に『仙台育英 日本一からの招待』(須江航著/カンゼン)などがある。現在ベースボール専門メディアFull-Count(https://full-count.jp/)で、神奈川の高校野球にまつわるコラムを随時執筆中。

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