5度目の天皇杯制覇に向かう千葉ジェッツ 7年前の初優勝を知る富樫、西村が支えた21点差からの逆転劇

大島和人

14日の天皇杯準決勝、富樫勇樹は29得点9アシストの大活躍 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「まずはスタート……申し訳ございません」

 日本語(とドイツ語)が堪能なアメリカ人指揮官は、大逆転勝利に盛り上がる船橋アリーナのブースターに対して、ジャパニーズスタイルの「お辞儀とお詫び」で応えた。

 ジョン・パトリックヘッドコーチ(HC)が口にするように、試合の出だしは最悪だった。しかし2人のリーダーが、敗色濃厚だった千葉ジェッツを救った。

 2024年2月14日、セントバレンタインデーの夜に行われた第99回天皇杯全日本バスケットボール選手権大会準決勝。千葉は宇都宮ブレックスを78-72で下し、連覇に「王手」をかけている。

劣勢の中で富樫は

 千葉はディー・ジェイ・ステフェンズを出場させず、インサイドが普段より手薄だった。さらに開始から6分以上も得点を挙げられず、「0-16」から反撃はスタート。その後も点差を詰められず、第2クォーター残り3分05秒に比江島慎がシュートを決めた時点で、スコアは17-38の21点差まで開いていた。

 千葉はハーフタイム直前にジョン・ムーニーのフリースロー、富樫勇樹のタフショットで詰めたが、それでも前半終了時点で29-45と16点差。よほどのことがなければ、ひっくり返らないビハインドだ。

 パトリックHCは振り返る。

「最初は緊張した選手もいたけど、スターティングメンバーの中で(富樫)勇樹だけが最初から攻めようとしていた。途中、自分も勇樹も『Don't be scared』『戦いましょう』と、他の選手に言っていました。我々はハンドボールチームみたいにラインの後ろで待っていて、カットインとかドライビングが少なかった。ただ(富樫)勇樹はそれを自分でやっていました」

 富樫は日本代表と千葉のキャプテン。普段の彼は試合を読んでボールを散らし、相手の対応を見極めてから、第4クォーターの勝負どころで「攻め気」を出す。しかし14日の天皇杯準決勝では、前半からスイッチがオンになっていた。

 彼はこう説明する。

「言い方が悪いですけど、見ていて(味方が)『怖がっている』ふうに僕は見えました。無理やりでも自分でこじ開けたい、こじ開けなければいけないという気持ちは正直ありました」

西村と富樫が発揮したリーダーシップ

パトリックHCは2022‐23シーズンから千葉の指揮を執っている 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 後半になると流れがはっきり変わった。記者会見では両チームの指揮官、選手に相次いで戦術の修正に関する質問が飛んだ。しかしそこが「答え」ではなかった。千葉の変化はゲームプランでなく守備の強度、攻撃なら大胆さにあった。

 富樫は第3クォーターの半ば、1分19秒で連続8得点。チームは37-49から、45-49と一気に追い上げた。彼はこう振り返る。

「3クォーターに詰めたときは『もうまったく逆の立場になったな。あっちの方が完全にプレッシャーを感じているな』と思いました」

 パトリックHCも試合展開をこう振り返る。

「諦めないようにウチの選手も(戦って)、あとサポーターもうるさくなっていた。後半は向こうがファーストブレイクとオフェンスリバウンドで5点だけしか得点を取っていません。前半はファーストブレイクとオフェンスリバウンドの得点が23点ありましたから、その分だけDFが良くなっていた。今日はステフェンズがいなくて、でもみんながステップアップして、特にニュービルに対していいディフェンスをやっていたと思います。あとやはり(西村)文男と(富樫)勇樹がリーダーシップを取って、大事なシュートを決めていました」

 宇都宮は守備の強度が傑出したチームだ。ただしエースの比江島慎、ギャビン・エドワーズが早い時間からファウルを重ね、ファウルアウト(5ファウル/退場)を避けるため出場時間を抑えざるを得なくなっていた。実際に比江島は21分08秒の出場にとどまり、5ファウルでコートを去っている。

 それでも宇都宮は粘り腰を見せていたのだが、富樫は第3クォーター残り2秒で3ポイントシュートを決めて一気に「流れ」を持ってくる。55-58、3点差で試合は第4クォーターに入り、場内のボルテージは最高潮に達していた。

「オン・ザ・コート0」が奏功

 第4クォーター残り8分、パトリックHCは思い切った選手起用を見せる。コート上に並んだのは帰化選手のアイラ・ブラウン、金近廉、小川麻斗、西村、富樫の5人。念のため説明すると小川と西村は170センチ台、富樫は160センチ台のポイントガードだ。外国籍選手のオン・ザ・コート、2メートル以上のビッグマンがゼロの構成だった。

 この「超スモールラインアップ」が奏功する。金近、富樫の連続3ポイントシュートで63-61となり、千葉は逆転に成功した。

 「知将が用意していた奇策に違いない」と思って試合後に尋ねると、真相は違った。

「まあ、疲れです。ムー(ジョン・ムーニー)もゼイビア(・クックス)も『休みたい』と言っていました。それに(金近)廉は今シーズン、インサイドディフェンスが結構ステップアップしていますので(インサイドとして起用した)。ウチのチームルールで、疲れで自分から交代したときは自分から戻れます。ゼイビアが『OK!コーチ』と言ったので廉は下げたんですけど、本当に大事な2分間だったと思います」(パトリックHC)

 外国籍選手2人が勝負どころを前に小休止した「つなぎ」の時間帯が、結果的には千葉逆転の決め手となった。

 その後も一進一退の攻防は続いたが、最後に試合を決めたのは37歳のベテランだった。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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