1.23 【3大マッチ展望】拳四朗、那須川天心のKO競演なるか? ユーリ阿久井は岡山のジム初の世界王者目指す

船橋真二郎

ユーリ阿久井が目指すは「前人未踏の世界チャンピオン」

ユーリ阿久井政悟。岡山県のジム初の世界チャンピオンを目指す 【写真:船橋真二郎】

 地方ジムで戦い続けるのは大変なこともあると思うが、証明したいことは? そう公開練習前の会見で訊かれ、阿久井は答えた。「関係ないなっていうのを証明したいです」。岡山のジムから初の世界チャンピオンへ。2年前に『ボクシング・ビート』誌でインタビューする機会があったときは、こう表現していた。「前人未踏のことをやりたいですね」――。

 当初は昨年11月15日に予定されていた世界初挑戦が、帝拳ジムで約1ヵ月のスパーリングを終えて岡山にいったん帰った直後に延期になり、2ヵ月スライドされた。「正直、11月に向けた調整なら勢いで行けたと思うんですけど。延期になって、逆に世界戦だなっていうのがじわじわ来てて……」。12月14日に開かれた2度目の発表会見では重みを噛みしめていた。

 3日後の12月17日から再び東京で合宿。前回同様、約1ヵ月、帝拳ジムで世界挑戦経験者の岩田翔吉(帝拳)、同じく山内涼太、日本フライ級王者の飯村樹輝弥(ともに角海老宝石)、三迫ジムにも足を伸ばし、拳四朗ともラウンドを重ねた。

「結局、やってたら、そういう気負いもだんだんなくなってきて、いつもと一緒、普通の試合をやるような。『やってやるぞ』って感じです」

 いい意味で自然体に戻れたという。前回の公開練習のときもパートナーを務めていた1階級上の元日本ランカー、梶颯(帝拳)が2ラウンドの公開スパーリング後に語った感想が、阿久井の状態のよさを何より示していた。

「(前回より)反応速度がびっくりするぐらい速くて。カウンターが怖かったです」

 父・一彦さんは倉敷守安ジム第1号プロの元A級ボクサーで、おじの赤沢貴之さんは後の世界王者、飯田覚士さんの日本スーパーフライ級王座に挑戦した元日本ランカーだった。小学5年のとき、お年玉でボクシンググローブを買った。父とときどきやった遊びのようなスパーリングが原点になった。

「あわてたらダメだ。しっかり相手を見ろ。心では焦っても顔には出すな。最初にボクシングをやったとき、親から言われたのはこういうことだけです」。父にパンチをどう当てるか。ひたすら自分で考え、父に試し、また自分で考える。その繰り返しだった。

 中学3年のときにU-15ボクシング全国大会優勝。高校では全国大会ベスト8が3度。高校にボクシング部はなく、中学2年で本格的にボクシングを始めたときからプロの現在まで、ずっと倉敷のジムが阿久井の拠点である。

倉敷守安ジムOBの須増正信トレーナーとミット打ち 【写真:船橋真二郎】

 東京、大阪、神戸……試合前、岡山から出稽古に行くようになったのはプロ初黒星がきっかけだった。24歳未満の若手A級ボクサーを対象とした新設のタイトル、初代の日本ユース王者を決めるトーナメント決勝戦。相手は後に世界2階級制覇を果たす中谷潤人(M.T)だった。

 試合途中、サウスポーの中谷に長身を利したボクシングから一転、接近戦に切り替えられた。対応できないまま6回TKO負け。スパーリングに対し、確固とした考えがある。

 対戦相手のイメージ、対策はミット打ち、シャドーボクシングなどでふくらませ、パートナーは似たタイプにこだわらない。むしろ、さまざまなタイプと手合わせしたいという。「要は脳トレ」となぞらえた。「それだけいろんなパターンがあったほうがいいという考えです。そもそもスパーする相手と試合する相手は別人だから(笑)」。

 対応力を研ぎ澄まし、イメージする瞬間が来たとき、「考える前に反応して、自然と体が動く」自分をつくり上げるのがスパーリングの目的。ここから日本フライ級王者となり、3度の防衛に成功した。

「やりにくい選手」とダラキアンを評する。実際、のらりくらりとはぐらかしていたかと思えば、変則的なタイミングでパンチを打ってきたり……。老かいな試合巧者という印象。相手にペースを「コントロールされないように。コントロールしたい」と阿久井。一貫して「自分のペースに合わせさせたい」と繰り返してきた。

 11KO中9KOを1ラウンドで終わらせてきたが、「練習してきたことが、たまたま1ラウンドでハマっただけ」。自分から倒しに行ったことはない。いかに「自分の間合いに引き込めるか」。12ラウンドの中で一瞬のタイミングを逃さない自分をつくり上げてきた。自信は? と問われ、「自信はあります」ときっぱり。独自の道を歩んできた挑戦者が前人未踏の頂にたどり着けるか。

アルテム・ダラキアン(36歳)22戦全勝(15KO)
ユーリ阿久井政悟(25歳)21戦18勝(11KO)2敗1分

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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