三笘薫をめぐるブライトンと日本代表の綱引き これはエースとなったことで生じた“副作用”だ
治癒の判断はブライトンが下したい
デ・ゼルビ監督にとってなによりも避けたいのは、三笘の故障が悪化することだ。「日本代表のために働いているわけではない」というのは、その懸念が表れた発言だった 【Photo by Ryan Pierse/Getty Images】
確かにそれ──ブライトンが日本代表を牽制したい、という意図はあっただろう。けれどもそれは三笘のブライトンにおける存在感を認知していれば当然の話である。いまや26歳MFはブライトンの絶対的レギュラー。その重要性は昨年の契約更新でも明らかで、三笘のプロ選手としての生活を支えるクラブがその所有権を強調するのは仕方がない。
一方、日本代表は今回のアジア杯優勝の絶対的本命であり、日本にとって優勝は悲願である。それに加えて、決勝までのトーナメント戦を現在の強いチームに体験させ、さらに一つにまとめて、2026年W杯に「アジアチャンピオン」として出場する意義は非常に大きい。
クラブとしてはケガが完治する前に代表に合流して、無理を強いられるのは了承できない。一方、代表チームにとっても絶対的なエースとなりつつある三笘を欠くことは耐え難い。
しかしである。双方ともに三笘の故障を悪化させることだけは避けたいに決まっている。
もしも三笘が無事ならば、ブライトン側としても「どうぞカタールに行って日本をアジア王者に導いてください。そして気分良く帰って来てシーズン後半戦で爆発してください」という気持ちだろう。
デ・ゼルビ監督もこの会見で「アジア杯に出場してほしいと思っている」と語っている。ただし、ブライトン監督として、クラブの命運を握る選手が故障が完全に癒える前にアジア杯で起用され、ケガを悪化させることは容認できない。
「私は日本代表のために働いているわけではない」という発言は、その懸念が表れたものだ。ブライトンも日本代表も三笘のことを大切に思う気持ちは変わらないが、“アジア杯での起用法に関しては意見が食い違う”という意思表示をしたにすぎない。
絶対に無理はさせたくないブライトンと、優勝の期待がかけられた今回のアジア杯でエースとしての活躍を期待する日本代表。それは完治するまで三笘にアジア杯出場を望まないクラブの立場と、絶対的な切り札として26歳MFを使わなければならない状況となれば100%の状態でなくてもスクランブル出場させる可能性を孕んだ、メジャートーナメントに挑む代表チームの姿勢に、明確な温度差が表れたコントラストである。
こうしたアジア杯をめぐるクラブと代表の対比は、この監督会見後、監督付広報官のポール・マリン氏が記者室をわざわざ訪れ、我々日本人記者と懇談したことでもさらに明白になった。
ポールはきっと、デ・ゼルビ監督の発言では十分でないと感じたのだろう。昨季との比較で数段上達しているが、イタリア人監督の英語力ではまだ完璧に自分の考え、気持ちを伝えることはできない。
それに思ったことをずばりと言う性格でもあり、こうしたデリケートな話題をオブラートで包むことができない。クラブと代表の立場の違いをやんわりと伝えるどころか、「日本代表のために働いていない」という発言をしてしまう。
そこでポールは個別に「三笘は治癒するまでブライトンに残るのが賢明なのではないだろうか」と、やんわりとクラブの意向を伝えてきた。「ブライトンに残って治療とリハビリを続け、完治したらカタールに飛べばいい」とまで言った。その意図は明確。つまり、治癒の判断はあくまでブライトンが下したいということだ。
歩く姿を見る限り重症ではなさそうだが
三笘のアジア杯参戦に対し、デ・ゼルビ監督は「非常に驚いた」と疑念を隠さない。裏を返せば、5回目のアジア杯優勝を目指す日本代表にとって、この26歳のアタッカーが絶対不可欠ということだ 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】
そしてデ・ゼルビ監督がすかさずこの招集に注文をつけた。まず「非常に驚いた。私のメディカルチームが全治に4週間から6週間必要だと言っていたこともあり、三笘がアジア杯でプレーできると思わなかったからだ」と語って疑念をあらわにした。そして最後に「私は三笘のファン。もしも彼が母国のためにプレーできる状態であれば、ハッピーだし、誇りに思う」と付け加えた。
この発言のキモは「もしも彼が母国のためにプレーできる状態であれば」というところにある。ここに“決して無理に使わないでほしい”という強い示唆が込められているのは明らかだ。
けれども招集されてしまえばブライトンに拒否権はない。後は日本代表がグループ戦を三笘抜きで勝ち上がり、トーナメントステージまで温存してもらうことを願うだけだろう。
その一方で、トットナム戦直後の控え室に通じるトンネルエリアで私服姿の三笘を見かけたが、松葉杖はついておらず、プロテクターも外して普通の歩容で筆者の前を何度か通り過ぎた。
そんな三笘の歩く姿を見た限りでは、重症という印象は薄い。もちろんケガが悪化するような起用は避けてもらいたいが、今の日本代表の強さならプレミアリーグで頭角を表す26歳アタッカー不在でも、グループ戦突破が可能と信じたい。そして三笘には1月末まで治療に専念し、完全に治癒した状態でトーナメントステージに参戦して、2011年大会以来となる5度目のアジア王者に日本を導く活躍を見せてくれればと心から願っている。
しかし今回のこんな騒動も、三笘薫という選手がブライトンで強烈なインパクトを与えたからこその副作用なのだろう。まさにうれしい悲鳴とも言えるが、今後は日本代表選手が欧州リーグで一流と認められることで、クラブと代表間でのせめぎ合いがさらに表面化して、JFA(日本サッカー協会)にとっては海千山千のヨーロッパクラブとの良好な関係維持も新たな課題として浮上すると見る。
(企画・編集/YOJI-GEN)